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第8話 『今が苦しい時に読むべし』

「コンチワー〇〇商事でーす。集金に参りました!」
元気よく飛び込んでくる営業担当の30代くらいの男性。

「ぬぬぬ。金が無い日に限って集金が集中しやがる・・・」
不満そうに財布を取り出す田子作主人。

「どっこも景気悪いですねぇ。うちも今月は相当売り上げ少ないですもん。」
話の内容とは裏腹に表情は明るい。
恐らくどこでも集金に行くと嫌味を言われるので妬み防止用のセールストークなのだろう。

この日は日曜日だったため午後から店を閉め、久しぶりに主人とデート。
行き先は近くの公共施設で開催中のアーティスト仲間の展覧会。

「お久しぶりでーす!洗濯船です。」
皆さんとはおよそ1年ぶりの再会。総勢25名の合作展だ。

「あー、お久しぶりぃ。毎日弁当届けてくれてありがとう。」
風変わりでどこか愛嬌のある風貌の宇宙人で有名になった女流作家さんが迎えてくれた。

「こちらこそ有難うございます。」
深々とお辞儀する田子作主人。

その後丁寧にも直々に先生から作品の説明を聞かせてもらった。

「ちなみにどうやって販売してますか?」
思わず商売人根性が出てしまう私。
嫌な顔一つせず答える先生。

「賞を受賞するとかファンの方の目に留まって購入してもらえるといった感じで作ったからいくらになるとかではないんですよ。むしろそういう気持ちがあるとどうしても作品中に出てしまって作品ではなくなってしまうというか。」
悟りの境地に達した人のように淡々と語る女流作家先生。

「たしかに。作品を見ていて自分の心がこんなにも穢れてしまっていたのかと目から鱗が落ちる思いです。」
田子作主人が珍しく下手に出ている。

「そうは言っても難しいんですけどね。やっぱり日々の生活のことを考えるとつい欲が出てしまうというか。」
田子作主人一人に恥を掻かせまいと気を使ってくれるのは大人の女性のたしなみか。
メモメモ。

ひとしきり展覧会を愉しんだ帰り道、知り合いのクラフトビール工場でエール麦酒を引っ掛けると言い出した田子作主人。
私も嫌いではないけど今日は4月も末だというのに寒いから少し抵抗感が沸き起こる。
それでも結局バーレーワインなる最高級クラフトエール麦酒の魅力に負けて同伴した。

「いつ飲んでも旨いなぁ、バーレーワイン。」
満足そうな田子作主人と、隣で時々ビールの入ったコップを引っ手繰ってちびちび舐める私。
販売担当のSさんは当店の配達のバイトもしてくれている。

「そう言ってくれるとオーナーも喜びますよぉ。彼はお金はもちろん稼ぐに越したことはないけどそれ以上にお客さんが飲んで喜んでくれることが一番嬉しいんですから。」
Sさんは関西で長い間生活したために地元に帰ってきても関西弁は抜けないようだ。

「やっぱりそうだよな。」
一人納得した様子の田子作主人。
食べてくれる人の健康や幸せを追求するとは言うは易し行うは難し。
高止まりの原料費の割に知名度が低いために売り上げは限定的。
今までも何度となく広告を打つべきか、マスコミを利用すべきか散々話し合い悩んできた。
その度に同じ結論にたどり着き踏みとどまってきた。

「売れれば良いんじゃない。売れるには売れるだけの圧倒的な実力が必要だ。現状がぼちぼちてことは俺たちの努力もぼちぼちなんだ。本当に圧倒的だったら探してでも買いに来てくれるはずだ。」
気持ちだけの問題じゃない。
実際に田子作主人が手掛けてきた他の仕事は名刺も配らなければ宣伝も全くしないのにお客さんの方から探してたどり着いてきていた。

飲食店開店3年目に入ったがこちらもボチボチ探してまで来てくれるお客様が増え始めた。

「最後は無欲の勝利ですか。」

「だな。目先の利益にばかり目を奪われて大目標をすっかり忘れてしまってたよ。皆のおかげで今日からまた広い心で無心で仕事に打ち込めるよ。」

「本当ですか!?良かったぁ。」

「なんだ?そんなに心配してたのか?」

「今となっては広い心を取り戻した田子作主人だから打ち明けますが、先日のお客様からもらった14年物のワイン、落として割っちゃいました。」

「なんだとー!!手前ぇ~、あれ売ったらいくらすると思ってるんだ!!」

「広い心、田子作主人、広い心はいずこへ?」

「うるせー!一発殴ってから取り戻すんじゃー!!」
いつまで経っても悟りの境地は難しい田子作でした。