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第19話 『「俺はトマトの王になる!」の巻き』

「今頃何してるんですかねぇ。」
エーコは開け広げた店の入り口の脇に立ち、向かいの神社の巨木を見上げながら呟いた。
それが何の木なのかは知らないが大きく広がった枝葉は電線に今にも掛かりそうになっている。

「僕はトマトの王になる!とかアホなこと言ってた奴の事か?」
冷ややかに返す田子作。

「折角良い商品に育って地元だけじゃなく凄い広がりを見せていたのに。」
話題の彼が、オペラ歌手を目指しつつも厳しい現実のため仕事として海水を利用した塩系トマトの農家も始めたのが今から6年前。
3年目辺りから徐々に人気が加速し始めたと思ったら翌年を最後に止めてしまった。

今から10年ほど前に彼は留学(?)先のイタリアから帰国直後に、偶然発見した田子作主催の経営学習会に飛び込んできた。
八百屋の販路拡大を狙って飲食店主を相手に田子作がマーケティングや店舗運営・店内装飾などの基本をレクチャーしていたのだが「僕も将来オペラ歌手として自営業するので参加させてください。」とお願いされたのが始まりだった。
が、彼は日頃から虚言癖とまでは言わないまでも大きな風呂敷を広げるタイプの人間だった。
しかし行動があまりに伴っていないために周囲の人たちに結構な迷惑を掛けていた。
ただ当時はまだ学生だからと皆もどこか許している雰囲気もあったのだ。
学校を卒業後色々と仕事を変え何とか自立できる道を模索していたようだがなかなか自分に合った道が見つからずに苦悩していたようだった。
それがふとしたことから塩系トマトの農家さんと出会い、弟子入りしてやがてトマト農家として独立したのだ。

何をやってもチャランポランに見えてた彼が必死になったのを見て周囲の仲間たちがあの手この手で応援し始めた。
そしてちょっと上手く行きかけた頃にまた彼の悪い癖が出た。

「僕はトマトの王様になれるんじゃないかな?」
まだ農家2年目のことである。
確かに彼が作るトマトは他の塩系トマトとは違い、極度の甘さを追求しない代わりにコクと酸味とほのかに塩味を感じる甘さのバランスが絶妙だった。
そのためイタリアンやフレンチのお店が重宝したようで販路はどんどん拡大していった。
もちろん石川青果でもネットショップで販売していた。
それなのに4年目の収穫期を終えると突然止めると言い出したのだった。

「何があったか知らないけどノーブランドをここまで有名にするのにはそれ相当の努力や協力があったんだぞ?」

「え?誰からですか?僕は田子作さん以外の人からはそんなに協力してもらったかな?」
万事がこんな感じなのでついに彼の話は誰もしなくなった。
極稀に田子作の携帯に電話が入ることもあったがエーコが取り上げて「大事な用事なら直接来てください。」と相手にしなかった。

「すみません、お弁当まだ買えますか?」
30代後半ほどの長身の男性がやや頭を低くし暖簾を潜りながら店内に入ってきた。

「あ!確か先週もお弁当を買いに来てくれた方ですよね?」
1週間ほど前にもお弁当を購入した男性が再度来店したのをエーコは思い出した。

「あ、そりゃどうも。すぐにご用意しますよ。」
田子作はすぐさま用意していた幕の内弁当にご飯を盛り始める。

「そういえば前回もこのくらいの時間じゃなかったですかね?」

「そうですね。実はSNSでお見掛けして面白いことやってるなぁと思って来てみたんです。そしたら弁当が美味しくてまた来てしまったんですよ。」
これにはすっかり喜んだ田子作。
どんどんサービスが加速する。
色々と話をしているうちに『トマトの王様』君と共通の知り合いだったことが判明。
しかも長身の彼が働くトマト農園はかつて『トマトの王様』君がお世話になった所。

「はは~ん、やっと読めたぞ。」
田子作は腕組みした右手で顎を摩りながら何か思いついた様子。

「何がですか?」
阿吽の呼吸のはずのエーコでも田子作の意図は読めなかった。

「師匠のところが『トマ王』という商品名で有名だからその上を超えてやるってつもりであんなことを言ったんだよ。」

これには一同深く納得。

「彼は突拍子もないから面白いんですけど今一つ根気が続かないのが残念ですよねぇ。」
長身の男性も頷きながらもフォローする。

暴君が表れると忖度する人が増えるのはどこの世界も一緒と言う事かもしれないなと心の中で呟くエーコであった。