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第26話 『ブルーオーシャンってどこにある?』

「やっぱり経営戦略的に問題があるのでは?」
エーコが珍しく舌も噛まずに『ケイエイセンリャク』なる言葉を流暢に発した。

「なんだとぉ!!」
流石に経営コンサルタントとして某市長にも相談された実績がある田子作は憤りを隠さない。

「だっていくらお弁当を作っても私たちの労働時間で割ると時給200円前後ですよ?」
この日はやけに論理的思考が回転するエーコ。

「あのな、商売の上昇曲線って知ってるか?」
半ば諦め顔の田子作は噛んで含めるように言い聞かせる。

「ジョウショウキョクセン??」
知らない単語には極端に弱気なエーコは少し戸惑う。

「コツコツ頑張っても初めの何年間かはほとんど成果が得られずに底辺を這いつくばるような売上しか上げられないのが普通の起業なんだよ。でもな、起業と同時にすぐに成果が出ると色々と問題が後から大きくなって帰ってくるんだ。」
神妙な面持ちで諭すようにエーコに語る田子作。

「起業と同時に順調に成長したら何が問題なのですか?」
すっかり田子作の話に引き込まれたエーコ。

「じゃあ聞くが、石川青果のサイトのすべて、例えば決済方法や情報の収集と発信、もっと言えば生産者さんとの信頼関係の構築方法、お前が何か一つでも自分が苦労して作り上げたか?」
田子作が言う通り現在ある全ての経営的資本は彼が作り上げてきたものばかりである。

「・・・何一つありません。」
これには反論のしようも無いエーコは少し凹んで見せる。

「じゃあ次の質問。去年まで好調だった商品売り上げが急落したらどう対処する?」
冷静さを保ちつつ優しく問い掛ける田子作。

「う、・・・分かりません・・・」

「な?社長に簡単になった上に俺にオンブに抱っこで来たから何も自分自身で問題をクリアしてないだろ?これと同じことが起業間もなくヒット商品を生み出した経営者に起こってるんだよ。」

「どういうことですか?」
侮辱された気分ではあるが流石に堪らず聞き返すエーコ。

「誰かに守られていることも、運に守られていることも同じで『なぜ今、自分は成功しているのだろうか?』と自問自答しない癖が出来てしまうことが問題なんだよ。」
今までのあらゆる苦労が走馬灯のように蘇り、徐々に頬が紅潮し始める田子作。

「守られているのなら何が問題なのですか?」
どこまでも幼い思考回路から抜け出ないエーコ。

「じゃあ聞くが、順調だった売り上げが急落した時に現状認識出来てない奴がどうやって次の展開を冷静に見定めることができるんだ?」
鼻からゆっくりと息を抜き、いら立ちをどうにか抑えようとする田子作。

「確かに・・・。あ、でも最近読んだ本に『誰も手つかずの浜辺を独占するブルーオーシャン戦略』てのがありました!!しかもその本のモデルの教授は実際に何十年間もブルーオーシャンで財を成したそうです!!」
エーコは意気揚々と最近読んだ本のことを語り始めた。

「ほー。じゃあそのブルーオーシャンってのはどこにあるんだ?」
いじわるな表情でエーコに冷たい視線を送る田子作。

「あ、ちょっと待ってくださいね!」
言うが早いかエーコはノートパソコンを取り出し何やら検索しだした。

「あ!ありました!!」
エーコは自信満々の笑みを浮かべ田子作を見つめる。

「は?どこに?」
眉間にしわを寄せ怪訝な表情を浮かべる田子作を横目に、待ってました!とばかりに検索結果画面を読み始めるエーコ。

「東京都江東区ですね!」

「・・・」
死んだ魚のように全くの輝きを失った目でエーコを虚ろに舐める田子作。

「え?どうしました?」
田子作のリアクションに意外だとでも言いたげなエーコ。

「多分、俺の想像ではお前はブルーオーシャンを青い海、もっと言えば青海で日本国内を検索したな?」
この推理にエーコはあんぐりと口を開けて驚いた。

「もっと言ってやろうか?この青海町と青梅町を間違える人が多いとかその画面には書いてるんじゃないのか?」
エーコはもはやムンクの『叫び』よろしく顔全体で驚きを表現する。

「ど、ど、どうして分かったのですか?というかそこまでブルーオーシャンの事を知っていたら苦悩なんか生まれないのでは??」

「俺の苦悩の根源は『マイワイフ』だからいくら『ブルーオーシャン』を知った所で解決しないんだよ。もう心の底から死ぬほど疲れた。今日はもう寝かせてくれ。頼むから今日はもう一言すら言葉を発しないでくれ。」
憔悴しきった顔で田子作は、布団にゴロンとエーコに背中を向けて寝てしまった。

「ブルーオーシャンならず『ブルーおっさん』なのですね。おやすみなさい。」

「うがーーー!!何も喋るなーーっ!!」
なぜか薄っすらと目に光るものを滲ませて怒る田子作であった。