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第1話 人情レストラン

「難しく考えるから難しくなる。まずは動いてみる。具体的なその一歩から具体的に次を考える。全ては現実の積み重ねでしかないんだし。」

「でも、この料理をいきなり再現しろって難しすぎますぅ。」

「なんでも良いからまずは真似るんだ。学ぶは真似ぶ事から始まるんだから。」

「何か学校の先生みたいですぅ。何から始めたらいいのか具体的に教えて下さいよぉ。」

「教わる前に、自分で出来るところまでやってみ。それが礼儀ってもんだ。」

「えー、知りませんよ、滅茶苦茶になっても。」

「それも経験のうち。どうせ自分で食べるんだから。」

「自分で食べるんですか?!」

「自分で作って自分で食べてみないと何が成功で、何が失敗か分からんだろうが。」

「まぁそうかもしれませんけど・・・」

ようやく納得したのか、エーコはブツブツ言いながらエプロンを腰に巻いた。

店の真向かいの神社のイチョウの葉が風に揺らめいているのを眺めながら軽いため息をつく田子作。

「あれからもう5年か…」

田子作は小さく呟いた。

大通りに面したファミレスの4人掛けテーブルで向かい合うエーコと田子作。

「オリンピックまであと5年ですね!もし日本で開催されたら私の人生初ですよ。」

「余計なことを言わんでいいから早く『朝ノート』を書け。」

「はーい、えっとぉ、まずは毎日同じ『大目標』からっと。」

「毎日同じなのは達成が難しい大目標だからだ。」

午前7時過ぎとあって、店には他に2組のお客が居るだけである。

広い店内では互いを気にする様子もない。

「お待たせいたしました。モーニングセットお二つですね。」

感じの良い40過ぎのウェイトレスがお盆に乗った朝食を運んで来た。

「あっこれ、あの映画のBGMだ!」

店内のBGMに無邪気に反応するエーコ。

「とりあえず先に食べましょう!」

「全く。食欲優先だな、お前は。」

「腹が減っては戦は出来ぬですよ!」(´~`)モグモグ

「で?」

「え?」

「この曲だよ。何の映画のBGMだ?」

「タイトルは忘れましたが、主人公は一流シェフだけど、気難しい性格であることをきっかけにお店をクビになって、自分で店を立ち上げたものの、なかなか上手くいかずに、色んな人との出会いを通じて少しずつ成長するみたいな感じの映画ですよ。あれ何でしたっけ?」

ポカンと口を開けたままの田子作に気づくエーコ。

「どうしたんです?」

「いや、今、一瞬だけお前の才能を見た気がした。」

「何が?」

「要約力と言うか、端的な説明力というか。え?お前いつも意味不明だし、主語はないし、突然話変わるしみたいな話し方だよな?何で映画の説明だけ上手な日本語?」

「あ、パッケージの説明文を覚えていただけです。」

「道理で…。期待した俺が馬鹿だった。」

「記憶力を褒めて下さいよぉ。ご馳走様でした!!」

「早っ!お前もう少し味わって食えよ!」

「何言ってるんですか?商売人は『早飯早糞芸のうち』って言うじゃないですか」

「グフッ!ゴホッ、ゴホッ、バ、バカヤロウ。飲食店でそんな事大声で口にするな!ゲホッ、ゲホッ」

2つ向こうのテーブルを拭いているさっきのウェイトレスが必死に笑いを堪えているのが田子作の目に映った。

『レストラン洗濯船』は事務所のような仕様の部屋をDIYで改善し続けた結果、引き戸の片方を木の壁で埋め殺し、もう一方だけがスライドする小洒落た入口になっている。

扉が開くと厨房の田子作にも気づくように呼び鈴が取り付けてある。

カランコロン。早速誰かが入ってきた。

「あの~、すみません。」

慌ててペーパータオルで手を拭いて入口へ急ぐ田子作。

「はーい、いらっしゃいませ。」

「こちらはお弁当もあると聞いて来たんですが?」

「はい、ございます。アレルギーや苦手な物はありますか?」

「あっ、やっぱりアレルギー対応とかしてもらえるんですね!!」

「はい、もちろん!!」

「うちの小学校低学年の次男が卵アレルギーなんですが、何か作ってもらえますか?」

「何個?いつ?今?」

「あ、明日のお昼に3個取りに来て良いですか?1個いくらでしょうか?」

「昼弁当はご予約なら680円(税込)です。明日12時のお渡しで卵不使用ですね?」

「お願いできますか?」

「もちろん!とびっきり美味しく作りますのでお楽しみに!」

「また、自分でハードル上げて大丈夫なんですか?」

エーコが口を挟む。

「大丈夫、考えがあんだよ」

30代と思われる細身の女性客も安心したような表情になる。

「ちなみに、好きな料理やリクエストがあれば教えてください。」

「あ、特には無いのでお任せで。ママ友から『ここは特別美味しい』と聞いてるので。」

満面の笑みを浮かべる田子作。

「頑張ります!!」

「それじゃあ、お願いします」

後ろ手で静かに扉を閉めて女性客は去って行った。

「嬉しいですね。『特別美味しい』って。」

「ふふ・・・」

微笑みが止まらない田子作。

カランコロン。

「あ、あの~今日って昼弁当いいすっか?」

青白い顔をした細身の30代の男性が入ってきた。

「あ?お前に食わせるものは何もねぇよ!!」

険しい顔つきで田子作は言い放った。

「ちょ、ちょっと田子作さん。いくら何でもそれはヒドイじゃないですか!!」

慌てて割って入るエーコ。

「そ、そうすか。あ、じゃ…」

青年は申し訳なさそうに出ていった。

「可哀そうじゃないですかぁ。あー、ショゲショゲして行っちゃったじゃないですか。西田原さん。」

青年は店の常連の西田原さいたばるである。

「いーんだよ。あんなのは放っておけば。散々世話焼かせやがって。挙句の果てに『今回は、辞退させていただきます』だってよ!」

「彼には、彼なりの何かがあるんですよ。きっと。」

「なにがあるって言うんだよ。就職できないから立派な会社紹介してやったのに勝手に断わりやがって。そもそも大学中退するわ、長く続いた仕事もねぇわって、もうどこも雇ってくれる訳無ぇのに。俺の顔に泥塗りやがって、クズが!!」

ますますヒートアップする田子作。

「そこまで言わなくたって、森田さんの例もあるじゃないですか。」

「アイツと一緒にするなよ。あれは元クズだったかもしれんが今じゃそこら辺の奴以上にプロの技術者だ。」

「でも認められるのに10年以上かかった訳ですし。西田原さんだって化けるかもしれませんよ。」

「化けて出てきたら引導渡してやらぁ!」

「そっちの化けるじゃないでしょ。縁起でもない。」

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