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第11話 『ウナギ屋商法??』

「ふー、今日はもう客は来ないだろう。そろそろ俺たちも飯にするか?」
まだ5月に入ったばかりで日が暮れると少し肌寒いのに田子作主人の額には薄っすら汗が滲んでいる。

「本当にゴールデンウィークなんですかね?青果の仕入れをしていないのに今日は忙しかったですね!」
午前9時半までの昼弁当の予約電話は想定通り極端に少なかった。
へそを曲げた田子作主人は、全ての調理が終わると自宅へ戻って2度寝すると言い出すほど。
が、10時を過ぎたころからポツリポツリと弁当の注文が入り始めた。

「今日は昼から店のレイアウトを変える工事をするつもりだったけど結局この時間まで弁当を作り続けたしな。」
携帯電話の時計はもうすぐ19時になることを教えてくれている。

「今日は揚げたての柔らかいチキンカツをつまみに、友人に貰った純米生酛の睡龍をロックでやりたかったんだよ。」
先日の当店主催の異業種交流会『洗濯船会議』に参加してくれた男性が無類のお酒好きで、珍しい逸品『睡龍(すいりゅう)』を持参してくれていた。
その残りを密かに人目につかないように隠していた田子作主人。
嬉しそうに棚の裏の隠れスペースから酒を取り出す。

「あの~、お弁当はまだ買えるの?」
いつの間にか老女2人が明け広げた店頭に立っていた。

「え?あ、・・・はい、だ、だ、大丈夫ですよ。」
テーブルには自分用に特大チキンカツやブロッコリーとイカの炒め物、彩り野菜のマヨネーズ和えなどなどが並んでいる。

実はここだけの話、田子作主人には特殊能力があるのだ。
飲食店を始めて2、3か月が経過したころからあることに気が付いた。
それは毎朝その日の売れ行きを予想して大体の数を仕込むのだが、不思議なほどぴたりと当たってしまうのだ。
しかもいつも自分用に多めに作っているのにその分までキッチリ売れてしまう。
今日こそは!と更に多く仕込むとやはり多く仕込んだ分まで売れてしまう。
しかも昼食や夕食の直前に自分たちの分がお客様に買い取られてゆく。

そう、今夜も不思議だけど日常となった現象が起きただけ。
加えて当店は神社の真ん前に位置している。
毎日お参りするのだが、本殿の少彦名命(すくなひこなのみこと)様や菅原道真公だけでなく、合祀されている通称『お稲荷様』(正確には倉稲魂命と書いてウカノミタマノミコトと読む)にもお参りする。
この倉稲魂命様は普通は商売繁盛の神様として知られているが実は五穀豊穣の神様で人々を飢えさせないための神様だとされている。

つまり我々は毎日「決して人々を飢えさせません!」と誓いを立てていることになる。
こんな信念で頑張っているので例え自分が死ぬほど食べたい物があっても、誰かがお腹を空かせて来ると絶対にそちらを優先している。

「俺のチキンカツが~・・・(涙)」
零れ落ちそうになる涙を喉の奥でゴクンと飲み込み急いで弁当の用意をする。

「ありがとうございました~・・・」
すっかり憔悴しきっている。
もう一度自分のためにチキンカツを揚げるほどの気力はもう残っていなかった。

「どうして毎日毎日、自分たちが食べようとすると客が入るんだ?」
疲れ切った目が少し充血している。

「多分匂いに釣られてくるんじゃないですかね?」
そうなのだ。
いつも出来立てが狙われるのは調理中の匂いが外に漏れているから空腹の人ほど敏感に感じ取っていることが考えられるのだ。

「なんと!知らぬ間にうなぎ屋と同じパターンになってたのか。」
ようやく合点がいったと言わんばかりの田子作主人。

「明日からは店を締め切って換気扇も消して調理するか!!」

「煙に咽て自分が苦しいだけですよ。」
余りの空腹と疲れで幼稚な発想に堕ちる田子作主人。

「くそー、嬉しいけど悲しい!」
もうどうして良いのか分からずにこぶしを握り締めテーブルを叩く。

「これが天命なのですよ。喜ぶべきですよ。人徳貯金が貯まったと思えばよいのです。」

「そのフレーズは俺がお前たち塾生に教えた言葉だ。返せー!」
もう丸っきりガキ丸出しである。

「こんなことなら明日から鰻でも売るか!?」

「くだらない話で油を売るのはもう止めましょう。ご飯に卵掛けて済ませましょうね。」

「腹が立つけど上手くまとめやがったな。今日はこれで御終い!!」( `ー´)ノチャンチャン