目次へ戻る

第14話 病は食から

ガッシャーン!!

「ど、ど、どした!?」

慌てて厨房に飛び込む田子作はお気に入りのワインのボトルが無残にも床に砕け散っている光景を目の当たりにする。

「お前ぇ~!!」

「ごめんなさい!」

怒りがこみ上げる田子作に咄嗟に拳骨を喰らいまいと頭をガードするエーコ。

「ちっきしょー、大事に飲んでたのに~。まだ半分以上残ってたのにぃ。」

散り散りになった破片を慎重にかき集めながらまだ飲める分がないか探している田子作。

「ダメだ。完全に全滅だ・・・」

がっくりと肩を落とす田子作を申し訳なさそうに見守るエーコ。

田子作は手際よく箒で破片をかき集めてゴミ袋にまとめる。

「ん?お前また鼻づまりになってんな?」

「はっ!そう言えば!」

「大体お前が鼻詰まりの時に限ってミスが多くなるよな。酸素不足だな。」

田子作は怒りを収めつつ冷蔵庫の野菜室からレンコンを取り出しタワシで洗い始めた。

「花粉症の時期や寝不足だったりするとなっちゃうんです。」

「大体においてレンコンが効くんだよ、そんな時は。」

「レンコンですか?」

「レンコンの皮の部分に水溶性のポリフェノールがあるみたいなんだよな。だから丁寧にたわしで泥を洗い落として酢や水に漬けずにいきなり油で炒めると、このポリフェノールがバッチリ残るんだよ。」

そう言うといつの間にやらスライスして油いためになったレンコンのキンピラが小鉢に乗ってエーコに差し出された。

「うわぁ、美味しそう!」

思わず喜びを隠さないエーコを優しく見守る田子作。

「さっさと食って仕事しろ。」

そういうとコック服に着替え始める田子作。

「噓みたいです!目の腫れが引いちゃいました!あ、鼻も通ってきました!!凄いです!」

エーコは喜びながらも口一杯に残りのレンコンを頬張る。

「本物の料理ってのは余計な物を入れないから体にも良いんだよ。これこそ『誠の心の料理』だ。ぬははは。」

少し威張って見せる田子作に素直に納得するエーコであった。

時計が14時を過ぎようとした時、常連の虎下とらしたが店に入ってきた。

「ひょぇ~、今日も疲れたぁ~!!」

そう言いながらテーブルにガバッとうつ伏せになる。

いつもの光景である。

「大変ですね米粉パンって。」

エーコは杜仲茶の入ったコップを差し出す。

「そうなんすよ!米粉パンの生地って当日仕込みしか出来ないから朝1時出社なんですよぉ。しかも秒刻みの段取りでこの時間まで立ちっぱなしなんですよ。」

まな板に乗った三分の一枚ほどのウナギの白焼きをじっと見つめる田子作。

何を思いついたのか客室の方へ行く。

「なあ尚一君、疲れてるんだよね?」

田子作は、いたづらっ子のような表情で彼の顔を覗き込む。

「はい、まあ。」

キョトンとする虎下の向かいに田子作はドッカと腰を下ろす。

「じゃあさ、今なら勝てるかもしれんな、腕相撲。」

ニヤリとする田子作に顔を曇らす虎下。

「田子作さん、俺今は米粉パン店の店長ですけどその前はプロの要人警護の会社に居たの知ってますよね?」

「俺だってこの年になるまで散々格闘技やガテン系の力仕事ばっかやってきたんだよ。そう簡単にいくかな?」

自信ありげな田子作に諦めたのか虎下は尋ねる。

「いきなりどうしちゃったんですか?」

「実はウナギの白焼きが中途半端に残っちゃってね。君の夜弁当に入れるには原価オーバーだし、かといって自分で食べるにはもったいない気がして。だから俺に勝ったら君の弁当に入れてあげようと考えた訳さ。」

「それなら本気で行きますよ?」

疲れた虎下の表情がキリっと引き締まる。

「望むところ!!」

腕まくりをしてテーブルに肘を付く。

右手をがっぷり組みエーコが二人の拳の上に手を乗せる。

「レディ・・・ゴウッ!!」

二人の腕に力が入る。

二人とも一歩も譲らない。

筋肉なのか骨なのか軋む音がし始める。

このままではどちらかの腕の骨が折れてしまうのではないかと心配し始めるエーコを余所に真剣勝負は続く。

20秒を超えた辺りから徐々に田子作有利に腕が傾き始めた。

それは時間を追うごとに如実になっていった。

「くっぅ・・・」

言葉にならないうめき声を漏らす虎下。

「んがっ!!」

ついに諦めたのか虎下の右手の甲がテーブルに付いた。

「ふっふっふっふ。これで安心して自分でウナギを食えるな。」

勝ち誇った顔の田子作。

「田子作さん、今の気持ちを5・7・5で読んでください。」

いきなり無茶振りするエーコ。

「短歌?うーん、よし。『格闘技 どんな技より 骨密度』。田子作。」

「くっそー!もう最後の力も残って無ぇ~」

悔しがる虎下を余所に田子作は厨房へ戻り虎下の予約分の昼・夜の弁当を仕上げてゆく。

「ほいよ。お疲れさん。」

田子作が袋に入った2つの弁当箱を虎下に手渡す。

何かに気づいた虎下。

「あれ?ウナギが入ってるぅ!!」

みるみる目を輝かせる虎下を嬉しそうに見つめる田子作。

「三等分だけな。」

「ありがとうございます!!」

目を輝かせて田子作に礼を言う虎下。

「と言うことは私も三分の一切れ食べられるのですね!?」

エーコは念を押す。

「お前も今日は栄養が必要だしな。」

やったーと小躍りするエーコ。

カランコロン。

そこへ初めて見る客が入ってきた。

「あのーすみません。ここって豪華な殿様弁当ってテイクアウト出来るんですよね?」

40代と思われる男性は店の前に高級車を横付けしていた。

「あ、はい出来ますけど。ご予約ですか?」

「今すぐできますか?」

単刀直入に聞いてくる客に田子作は自分の分のウナギを諦めたのだった。

それを傍で見てクスクス笑う虎下とエーコである。

次へ                          目次