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第15話 香ばしい人々?

チリンチリン♪

軽やかな鈴の音と共に細マッチョ系イケメンが何やら小脇に抱えて店内に入ってきた。

「毎度ありがとうございます。」

ボソボソと静かに挨拶して入ってきた30代前半の好青年。

「あ、どうもすみません。少ないのにわざわざ配達までして頂いて。」

最近開店したばかりのカフェの若い店主の小板こいたは軽妙に答える。

「いえいえ、有難いです。あ、領収書はカフェ コぺラで良かったですか?」

腰の低い自家焙煎珈琲豆店の店主の笹党ささとう。

脇に抱えていたのは数種類の珈琲豆が詰まった袋である。

登山が趣味の彼のファッションの基本はアースカラー。

細身ながらも整った顔立ちに引き締まった体躯。

物静かな語り口調がまさに『こだわりのコーヒー豆店のオーナー』といった風情である。

方やカフェコぺラの店主小板こいたは彼ほどは身長は高くは無い物の、某大企業のエリート営業マンだったらしく負けず劣らず接客には長けていた。

「いえいえこちらこそ。」

二人の共通点は無類のコーヒー好きなところ。

年齢も1つ違いということでジェネレーションギャップも感じない気楽な話し相手でもある。

今日も納品方々、コーヒー豆店『おうちで珈琲』店主笹党ささとうが遊びに来たのであった。

二人はコーヒーやそれに纏まつわる幅広いエピソードを互いに交換するのが楽しみであった。

「苦いのにすっきりしてて飲んだ後に水を飲む必要が無いのが本当に美味しい珈琲だと思うんですよね。」

笹党は自分のポリシーを披露する。

「今どきの浅煎りのスペシャリティー珈琲ブームは僕も少し首を傾げてますね。僕自身は苦くて酸味の少ない珈琲が好きってのもあるんですけどね。」

笹党もこれに静かに力強く頷く。

お互いのコーヒーに対する価値観が近いことを確認するとますます時間も忘れ楽しく語らうのであった。

それから2時間ほども話しただろうか、不意に笹党が話題を変えた。

「ちなみになんですけどぉ・・・」

物静かな語り口なので聞き逃しそうになってハッとする小板こいた。

「あ、はい、どうしました?」

少し慌てる小板に照れくさそうな笑顔で答える笹党。

「あ、すみません。そんなに大したことではなくって。はは、驚かせました?すみません。」

どこまでも丁寧な笹党である。

「あ、こちらこそ、そんな気にしないでください。僕の悪い癖で人の話を聞き逃しちゃうことがあるんです。」

言い繕つくろう人の好い店主小板。

「急に話が変わって変な話をしますが良いですか?」

どうやらどちらも丁寧過ぎて話がなかなか進まないタイプか。

「あ、全然。どうぞどうぞ。」

食器を洗いながらカウンター越しに返事する小板。

「ちょっと僕からすると不思議なので、もし情報をお持ちなら今後のために教えて頂きたいのですが・・・」

なかなか核心に触れない礼儀正しい笹党。

「はい。」

一体どんな疑問があるのか興味が湧いてきた小板。

「私、洗濯船経由でこのお店をご紹介いただいたのですが、ずばりあのお二人って恋人なんですかね?」

「というと?」

全くの想定外の質問に質問の本質が見えないコペラ店主。

「あ、別に僕も特別な興味があるわけではないんです。ただ、エーコさんと田子作さんの関係性が今までの経験上のどのカップルにも当てはまらないので不思議だなぁと。」

『そう言われてみれば確かに!』と思い当たる小板。

「言われてみれば夫婦でも無ければ恋人同士でもないみたいだし、雇用主と従業員でもないらしいですから、不思議と言えば不思議ですね。」

小板も自分でも気づかないうちにモヤモヤした疑問を抱えていたことに気づいた。

「そうですよね?なんなんだろう、僕の感覚では男女の感覚を超えた戦友?いやそれもちょっと違うな、うーん・・・強いて言うなら『達成不可能な任務に就いてる絶対的な信頼関係の上司と部下』という感じですかね?」

笹党は自分の考えを披露する。

それに応える小板。

「映画でよくある圧倒的な力で世界を破滅に追い込もうとする悪の集団をわずか二人で倒しに行くヒーロー物って感じですか?あー、言われてみればそんな感じですよねあの二人って。」

「どんな必殺技か分からないけど何かやらかしてくれるって期待が持てるんですよ。あ、映画ではないからそんなことは何も起こるはずもないんですけど。あの二人見てると『僕たちの見えない敵と必死に戦って僕らを守ってくれてるんじゃないか?』って感じちゃうんです。」

照れくさそうな笹党に大きく頷くカフェコペラ店主小板。

「まさかとは思いますけど、言われると思わず空想しちゃいますね。ははは。」

お互いに似たような感覚で田子作達を見ていたことにホッとしていた。

やはり感性が近いのかお互いに『秘密の空想』を共有して一層心の距離感が近づいて行く二人であった。

「ぶへっくしょい!!」

田子作は特大のクシャミをぶちまける。

「汚いですぅ~!ほらぁまた窓ガラスに唾が一杯掛ったじゃないですかぁ!自分で拭いてくださいよぉ。」

エーコは窓拭き用のタオルを取りに厨房へいく。

「誰かが俺の悪い噂をしてる気がする。」

直観だけは鋭い田子作である。

「考えても分からないことは悪く考えるだけ損ですよ。開運法の『言葉は大切に扱う。』に反しますよ。」

「そうか。そうだな確かに。」

素直に反省する田子作。

「ちなみにこの開運法っていつからここに掲示してたっけ?」

自分の文字なのにいつ書いたかなかなか思い出せない田子作は思わずエーコに尋ねる。

「ここへ引っ越してきた頃ですから5,6年前ですよ。そんなもの忘れちゃったのですか?」

飽きれたと言わんばかりの顔を作る嘘つき宇宙人エーコ。

『誠の心』について深堀りした質問の結果、田子作から聞かされた事項を書留め、一部田子作の記憶を修正して『昔からここにあった』様に信じ込ませているのである。

田子作曰く「簡単に『誠の心』といっても俺たち人間は生きてる以上は肉体と言う制限がある。いわゆる『フレームワーク』という奴だな。だから『誠の心』を実践するには自分自身の体も心も任務遂行を継続できるよう最低限のプロテクトが重要になってくる。」

珍しく外来語が多く混ざる会話運びの田子作に少々違和感を感じるエーコ。

「要はどうすれば『誠の心』を誰でも簡単に実践できるようになるのですか?」

「近頃のアニメを見れば良く分かるが防御魔法と攻撃魔法があるだろ?アレと基本は一緒だ。自分を最低限守る技と敵を素早く見つけて攻撃するか逃げる技に特化すればいいんだよ。」

その結果が『洗濯船的開運法』と相成ったのであった。

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