第16話 捨てる神あれば拾う神あり
「ついに1か月を無駄にしましたね。」
疲れ果てた顔のエーコは呟いた。
「まだ無駄かどうか分らんぞ。大体こんなのはいつブレークするか分からんもんだしな。」
内心は『やっちまった』と思ってるもののこの一か月の努力を否定されたくない田子作。
「何が『自作アニメを動画サイトにアップしたら幅広い人達に見てもらえるから店の宣伝になる!!』ですか。」
世界滅亡まで半年しかないというのに貴重な1か月をアニメ製作に使ってしまったことを後悔するエーコ。
もちろんそんな事は知る由もない田子作。
「まだ結論付けるんじゃない。アップしてまだそんなに日が経ってないだろうが。」
イライラし始める田子作にエーコは逆切れで返す。
「チャンネル登録者数14人ってほとんど知り合いだけじゃないですか!!しかも一体何が言いたいのか分かるまで相当な本数を製作しないと見ても意味不明だし。私が宇宙船で田子作船に衝突してトイレを借りる所で終わっちゃってるし。何だか恥ずかしいですよ!もう!」
「まさか2分少々のアニメにこんなに時間が掛かると思わなかったんだよ。駄目だ。もうアニメは作らん!」
逆切れするエーコに田子作はやけっぱちになる。
「大体タイトルからして意味不明なんですよ。『未確認レストラン洗濯船』って、いったい何が言いたかったのですか?!」(実際にこのタイトルで3本ほど自作アニメを動画サイトにアップしています。興味のある方は検索してみてください。)
「『本当に体が喜ぶ美味しい料理を食べにレストラン船『洗濯船』をあらゆる人が探し回る』って話だよ。要は『本物』を知るとはどういうことかって隠されたテーマがあるんだよ。食事だけじゃなくて本物の芸術とか技とかてのも取り扱う予定だったんだよ。」
「立派なテーマですこと。1か月かけて2分ですから一生掛けてもたかが知れてますね。しかも田子作さんは手書きの原作とストーリーだけで原画のデジタル化と動画編集はほとんど私一人でやったんですからね!」
「るっせーなぁ!何事もやってみなけりゃ分からないってお前も乗り気だったじゃねぇかよ!」
「あのー、お客様。」
大きな声で言い争う二人に業を煮やしたウェイトレスが声を掛ける。
「何!?」
二人は大きな声で返事すると共にウェイトレスを睨みつける。
勢いよく扉を撥ね明けて店を出る二人。
「出禁喰らったじゃないですか!!ここは24時間営業で便利だったのに!」
田子作に捲まくし立てるエーコ。
「俺だけのせいじゃないだろうが!そもそもお前の声がデカいんだよ!!」
階段を駆け下りながら田子作が負けじと返す。
「どうするんですか次は!?この1か月の遅れを取り戻さないと!!」
プルルル
田子作の携帯電話が鳴った。
「ん?森田君からだ。ちょっと待て。」
エーコを制すると携帯電話に出る田子作。
「もしもし?久しぶりだなぁ。え?ちょ、ちょっと待ってくれメモするから。」
そう言うと肩に掛けたバッグから小さなノートとボールペンを取り出して階段に座り込みメモを取り始める田子作。
しばらくすると電話を切った田子作がやけに嬉しそうにエーコを見る。
「何ですか?気持ち悪いんですけど。」
田子作を見下ろしていたエーコは不貞腐れ気味に言い放つ。
「半年で1万人てことは1日55人に俺の飯を食ってもらえば足りる計算になるよな?そして今現在が日に35人前後。ということは20人毎日客が増えたら良い訳だよな?」
目をランランと輝かせて問いかける田子作に『もしかして?』と期待が膨らみ始めるエーコ。
「動画制作技師の森田君から近所の芸術大学への弁当配達の要請が来たんだよ。毎日25個くらいってよ!」
「なんとー!!」
「どうだ!?ざっとこんなもんよ!」
急に威張り始める田子作にイラっとするエーコ。
「森田さんのおかげじゃないですか!」
「ばかやろう!彼がここまでの社会的信用を得るまで付き合ってきた俺の実力だろうが!」
「とりあえずいつからですか?」
「明日からだ。早速色々買いに行かないとな!」
元気になった二人は小走りで駐車場へ急ぐのだった。
「うわ、どうしたんですかその恰好?」
常連のプロアスリートが夜弁当を取りに来て驚いている。
「いやな、この後オペラを見に行くんだよ。」
背広姿の田子作が答えるとスーツ姿のエーコが付け足す。
「しかも2日続けて!」
音楽好きなエーコは大学時代に吹奏楽サークルに所属していた。これが嬉しくないはずがない。
「二人のスーツ姿って初めて見ました。カッコイイですよ。」
長身イケメンのアスリート小田中 悠太に褒められて照れる二人。
「いや、知り合いの紹介で芸術大学に毎日弁当買ってもらってるからな。お付き合いだよ。」
照れ隠しする田子作もオペラ鑑賞はまんざらじゃないのである。
「へぇ~いいですね。是非楽しんで来てください。それじゃあ弁当頂きますね!」
サッカー好きな少年がそのまんま大人になったような爽やかな好青年アスリートは高身長には不釣り合いな小さな折り畳み自転車を駆って帰っていった。
「これで夜弁当の予約客は全員取りに来たな。じゃあ俺たちもそろそろ準備するか。」
「はい!!」
すっかり元気を取り戻したエーコであった。