第18話 友達の友達はみな友達か?
この年の6月に突如の思い付きで8年間務めた介護福祉の仕事を辞めた美奈。
夜も明けきらない午前5時。
小さなビルの1階南向きの店舗で出来立てのクッキーを小袋に詰めて行く。
「あー、間に合わん!」
プラスティックのおかもちに次々とクッキーの入った小袋を並べて行く。
「800袋今日納品とか言わな良かった。ふぅーん!」
自分の軽はずみな言動にやるかたない憤りを感じているようだ。
数時間後、ようやく作業が完了した美奈は8箱ほどのおかもちを次々と車の後部座席に積み込んだ。
「よっしゃー!!急いで行くでー!!」
30代前半の中肉中背で160㎝ほどの恵まれた体系にして整った顔立ちの美奈だが、中身はおっさんそのもの。
今日も立ち上げたばかりの菓子工房を一人で切り盛りしているのだ。
店を出てすぐの十字路の信号機を左折すると一方通行路に入る。
そこで店の前の掃き掃除をしているエーコを発見し声を掛ける。
「おはようございます、エーちゃん!!」
美奈が現在の店舗に入る際に質の悪い工事業者に騙されそうになっているのを田子作が仲間の工事業者を紹介して助けたことが縁となり二人は知り合った。
偶然にもエーコと美奈は同い年だったこともあり、店も近いので日に何度もお互いに行き来する間柄になった。
「おー、おはようございます美奈さん!!」
ようやく店の前の道路掃除を終えて竹箒を店内の倉庫に戻そうとしていたところに声を掛けられ返事するエーコ。
美奈の車はそのまま疾走していった。
「今日も時間ギリギリなんやな。分かるぅ。」
弁当の配達が毎日ぎりぎりになるので他人事とは思えないのである。
そもそも田子作があまりに拘り過ぎて時間ギリギリまで「どうせならもう少し美味しくしたい」と残された時間全部を使って調理し続けるからこうなるのだ。
美奈も一人で販売先を開拓するのに「どうせなら最高品質で!」と拘るから納品時間ギリギリになっている。
物を作る人間の性なのかもしれない。
「人事を尽くす人は神様に応援されますよ。ふふふ。」
一人で微笑むエーコの頭をお玉でコツンと叩く田子作。
「痛っ。」
「いつまでボケっとしてんだ。早く開店の準備をしろ。」
ムスッとした表情の田子作に昨夜の事を思い出すエーコ。
田子作の発言が心の隅に引っかかっていたエーコは過去のニュース記事を探したのだった。
そこで見つけた衝撃的な30年前の事件。
そのことが頭から離れない。
プルルルー
エーコの携帯電話が鳴った。
「あ、エーちゃん?美奈。実は田子作さんにお願いがあるんだけど伝えてもらえないかな?」
どうやら運転中に電話してる様子。
「それはいいけど運転大丈夫?」
心配するエーコを無視して話し続ける美奈。
「先日の井藤田いどださんに今度はアンテナ工事をしてもらいたいって田子作さんから頼んでもらえんかな?」
早口に捲し立てる美奈に小さくため息をつくエーコ。
「それは『今度も無料でお願いします!』ってこと?」
「流石エーちゃん!!私から直接言いにくいからお願い!」
甘え上手な美奈に呆れ乍らも了解するエーコ。
「とりあえず言ってみるけどぉ。井藤田いどださんには食事位出した方が良いですよ。」
「あーそれなら田子作さんのお弁当をお願いします!そっちはちゃんとお金払うんで!じゃあもう切りますんで!!」
要件が終わるとさっさと電話を切る美奈に軽い憤りを感じるエーコの後頭部をまたお玉がコツンと叩く。
「電話中だったんです!!お弁当一個注文が入りましたよ!!」
田子作に怒りの矛先を向ける。
「いつ、何個、誰に?」
仏頂面を崩さない田子作。
「美奈さん、井藤田さんが来る時、1個です。井藤田さんにまたやってもらいたい工事があるみたいですよ。田子作さんが伝えておいてくださいね!」
「なんだと?全く世話が焼ける奴だなぁ。ちっ、仕方無ぇ、乗りかかった船だ。今回限りだぞ。奴だって忙しいのにわざわざ助けに来てくれるんだからな。」
井藤田と田子作はここ20数年来の友人である。
井藤田は電気工事のみならず空調や配管、パソコン修理やアンテナ工事にも長けた人物である。
きっかけは共通の友人の紹介だったが当時お互いに独身だったこともあり酒を飲んでは朝まで語り合うことも多かった。
馬が合うのかほぼ毎日やりとりがあった。
田子作が何か始める時にはほぼ毎回手助けもしていた井藤田である。
二人とも「世のため人のため」が信条の男で、困っている人を見ると放ってはおけないのである。
そんな二人がコンビを組むと大抵のことは出来てしまうのだ。
おかげで助けられた人もかなりの人数に上る。
「この店から中央駅広場までの2㎞ほどの間をどんな日であれ歩けば、知り合いに2人以上は手を振って喜ばれるんだ。これが長年の人徳の証拠ってもんだ。」
酒が入れば毎度語られる田子作の唯一の自慢話だ。
「井藤田?俺、悪いんだけど美奈の奴がさあ、もう一回助けて欲しいらしいのよ。いつなら時間取れる?」
「え?また美奈ちゃんが?まぁ良いけどあの子も人を使うのが上手いよなぁ。じゃあさ今度の日曜日の朝から時間空けとくは。」
「悪いね。飯はこっちで提供するから。申し訳ないけどよろしく!」
「あいあい。それじゃ日曜ね。」
あっという間に話が付いてしまう二人の信頼関係に若干のやきもちを感じるエーコ。
田子作の元の次元で行動を共にする女性と田子作の関係が急に気になり始めている事に気が付く。
『なにヤキモチ焼いてるんですか私。』
漫画のように頭上の空間に浮いている頭の中の妄想を、両手でかき消すような動作をする。
コツン!
3度目のお玉である。
「田子作さんの電話が終わるのを待ってたんです!!」
そう言うとエーコは怒りながら店に入っていった。
日曜日は梅雨時期にしては珍しく雲一つない晴天となった。
「うーす、おはようございます。」
180㎝を超える長身の井藤田が頭をぶつけないように屈かがみながらながら洗濯船に入ってゆく。
「おー、ほんと申し訳ないな。昼飯は準備しとくから。」
170㎝の中肉中背の田子作が厨房から手を拭きながら出てくる。
「今日は何をして欲しいって?」
腰には色んな工具を差し込めるベルトを巻いて、すっかりやる気モードの井藤田。
「良く分からんけどアンテナがどうとか言ってたな。詳しくは本人に聞いてみてくれ。」
「おぅ、了解。じゃあ、ちょっくら行ってくるわ。工具類は店の横に置かしてくれ。あっちは店頭が狭いから。」
そう言うと井藤田はまた頭を屈めて店を出ていった。
昼の弁当を届けてから3時間ほどが経過した頃、洗濯船の暖簾を潜って井藤田が現れた。
「いやぁ大変だったよ。」
「おー、終わったかい?ありがとな。」
そう言う田子作の手にはおかずのぎっしり詰まった弁当箱が一つ。
「アンテナ工事だったんだけどな、他の部屋の連中が色んな型のアンテナを立てまくってるから屋上がアンテナの墓場みたいになっててさぁ、一苦労だったわ。」
不満げに話ながらも決して嫌ではない様子の井藤田に大きく頷きながら話を聞いてやる田子作。
「そりゃあ大変だったなぁ。これは俺からの気持ちだ。晩酌のつまみにでもしてくれ。」
「え?いいの?!こりゃあ豪華だ。なんか悪いねぇ。」
毎度の小芝居だが田子作も感謝している。
「じゃあ帰るけどまた何かあったら呼んでくれても構わんから。」
満面の笑顔になった井藤田は近くの駐車場に止めてある軽トラを取りに行った。
数分後、店の前に車を止めると洗濯船の店頭に置いてあった大小様々な工具箱を軽トラの荷台へ積み込み始めた。
「あれ?小さいスパナが無い。」
ブツブツ言いながら工具箱を探し始めた。
「これだけの工具を持ち運びしててもたった一個のスパナが無いって良く気が付くね?!」
驚く田子作。
「俺、確かに今日使ったからね。うーん、どこだ?とりあえず今日は帰るから美奈ちゃんに見つけたら電話くれるように言っといて頂戴。」
「了解!」
大げさに敬礼ををして見せる田子作。
やがて井藤田の車は走り去っていったのだった。