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第21話 運命の歯車

深夜にバッグから引っ張り出したノートパソコンをちゃぶ台の上に開き、お気に入りサイトへアクセスする田子作。

アクセス解析を見てニヤニヤしている。

「ふっふっふ、俺の文才も捨てたもんじゃないな。」

どうやら小説投稿サイトへ日々の日記を匿名で投稿し、その閲覧者数の増減に一喜一憂しているようである。

「まあちょっとくらいの創作があった方が面白いしな。」

自分はイケメン細マッチョという設定のようだ。

何を考えているか分からんまるで宇宙人のような弟子に振り回される日常を面白おかしく加工しては日記と称して投稿し続けること早3か月。

最近では1話投稿しても数百人が一日に閲覧してくれるので気分はすっかり作家先生気取りである。

コンコン

誰かがドアをノックする。

こんな真夜中に遠慮も無くドアを叩く人物と言えば奴しか居ないと確信しつつも声を掛ける。

「こんな夜中に何の用だよ?」

「・・・」

返事がない。

不審に思った田子作はドアの覗き穴から外の様子を窺うかがう。

誰も居ない。

ドアチェーンを掛けて静かに扉を開けて気配を窺うがやはり誰も居ないようであった。

一度扉を閉めてドアチェーンを外すと身構えてそっと扉を開ける。

扉は何の抵抗もなく開いた。がやはり誰も居なかった。

ガッシャーン!!

その時部屋の中からガラス窓が割れる音がした。

田子作は急いで部屋を振り返る。

ちゃぶ台の下に火の点いた火炎瓶が転がりちゃぶ台の天板を下から焦がし始めている。

窓の外に一つの人影を見つけるが急いで部屋へ戻り割れたガラス窓の破片に気を付けながら火炎瓶を拾い上げると流しに放り込みその上から毛布を掛ける。

そうしてから蛇口をひねり毛布を湿らせる。そこまでしたら靴も履かずに道路の人影を追うように外へ飛び出ていった。

「こらぁっ!!待てーっ!!」

夜中の道路を大声を上げて人影を追いかける。

その人影の手にはバットのような物が握られている。

だがいくつか角を曲がった所で完全に見失ってしまった。

息を荒げながらも流しの火炎瓶が気になる田子作は元来た道を急いで折り返した。

部屋へ戻るとエーコが火炎瓶の火を完全に消火していた。

「ど、どうしたのですか?!」

何があったのか田子作自身にも理解できていなかった。

「分からん。」

田子作は呼吸を整えて足の裏の汚れをタオルで払う。

その後放火の疑いで消防と警察が駆け付け辺り一帯は深夜にもかかわらず物々しい雰囲気になった。

田子作が解放されたのは朝4時を過ぎた頃であった。

「どうしますか今日?休みにしますか?」

心配そうにエーコは田子作の顔を覗き込む。

いつになく真剣な表情で何かを考えている田子作は黙ったままである。

田子作は胸騒ぎを覚えている。

「お前、しばらくどこかへ隠れてろ。」

突然の命令に驚くエーコ。

「え?なんで私が?」

「いいから黙って俺の言う通りにしろ。」

真っすぐエーコの目を見つめて話す田子作の徒ただならぬ雰囲気に押されるエーコは小さく頷いた。

「・・・もしかして・・・これって30年前の事と関係が?」

呟つぶやくように尋ねるエーコに田子作は何も言わずに離れていった。

「それとも世界崩壊が加速し始めてるのかも?」

背筋に悪寒が走るのを感じ戦慄するエーコ。

思ったよりも『修正力』が功を奏していないのではないかと不安で堪らなくなった。

その時背後から毛布が掛けられた。

「この時間じゃあまだ肌寒いだろ。」

いつの間にか田子作は部屋から毛布を取って来てエーコに掛けてやっていた。

堪らずエーコは田子作に抱きついた。

震えるエーコの小さな肩を毛布の上から田子作はヒッシと抱き寄せ落ち着かせようとする。

そんな田子作も震えていた。

それは耐えがたいほどの怒りによるものであった。

田子作の脳裏に『あの事件』が走馬灯のように過よぎる。

帰宅した田子作は無残に変わり果てた妻子の横で金属バットを持った男がニヤニヤしているのを見た。

男は呆然自失の田子作めがけて金属バットを振り下ろす。

格闘技歴の長い田子作は無意識のうちに咄嗟に右手で受けた。

激痛が走る。

しかしそのことで現実に引き戻された田子作は空手の試合の時のように冷静さを取り戻した。

男のバットがもう一度田子作の頭めがけて振り下ろされる瞬間、左足を半歩踏み込み上半身を半身に捻ひねるとバットを紙一重のところで躱かわす。

同時に右足の膝で暴漢の鳩尾みぞおちに強烈なカウンターキックを入れる。

男は思わずバットを落としその場にしゃがみこんだ。

顔面ががら空きのところへ田子作の右足による中段回し蹴りが決まった。

バコッ!!

骨が砕け散る鈍い音がし、男の鼻の付け根が大きく陥没した。

そのまま男は正座した状態で後ろへ倒れ動かなくなった。

急いで救急車を呼び妻子の応急手当をする田子作。

「大丈夫!大丈夫からな!!死なない!絶対に死なせるもんかーーっ!!」

悲痛な悲鳴にも似た声を上げながら必死に妻子の流血している部分をタオルで抑えている。

その後数年間は廃人のように乱れた生活を送る田子作。

「おんどりゃ!この糞ガキが!!」

「なんぼのもんじゃ!わりゃ!!」

5、6人の男たちに寄って集って殴る蹴るの暴行を加えられる田子作。

気が済むまで暴れた男たちは息が荒くなっている。

「今日はこんくらいで許したらぁ。今度道で会ったら本当にブチ殺すぞ!覚えとけ。」

そう言うとリーダー格の男は田子作に唾を吐きかけた。

顔の形が変わるほどのケガした田子作は覚束ない動きをしながら立ち上がろうとする。

「今殺してくれや。いや出来るかなぁそんなヘナチョコパンチで。」

ベッと口の中の血を吐き出すとユラリとファイティングポーズをとる。

「なんならー!!」

下っ端の男が田子作に近寄ろうとする。

「やめとけぇ!こいつは頭がおかしいんじゃ!」

リーダー格の男は田子作の常人でない請け強さを察知した。

「おまわりさーん!あそこじゃ!男が襲われとるぞー!!」

誰かが警察へ通報したようだった。

繁華街のど真ん中で大立ち回りをすれば当然のことではあった。

「やばい、行くぞ!」

男たちは素早く立ち去って行った。

ヨロヨロと座り込む田子作の襟を誰かが掴んだ。

「お前さんはこっちじゃ。」

初老の男は、部下と思われる大きな体の男に車の後部座席へ田子作を詰め込むよう杖で指示する。

何の抵抗もなく田子作の体はシートの上に滑り込んだ。

警察官が走ってくるのがルームミラーに映っているのが運転手にも見えたが車はそのまま走り去っていった。

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