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第27話 目には目を ハニワハニー

「えー、わが社の強みであり、弱点でもあるのが当社商品は全てグルテンフリーであるということでして。」

虎下は労務士先生に現状を分析して見せる。

「業界ナンバーワンになったけどそもそもの市場規模が小さいと?」

小太りの労務士伊佐又いさまたは開業まだ日が浅いとは思えぬ実力の持ち主である。

「基本的に自分も小麦アレルギーなので食べられるものが限られてるんですよね。でも洗濯船のおかげでどんな料理でもグルテンフリーで美味しく作ってくれるんでほぼほぼ我慢する必要が無くなったんですよ。」

「店長さんが毎日通ってるお店ですね。そんなに美味しいのですか?」

「天麩羅だろうがフライだろうが、パスタや餃子なんかまでリクエストすれば何でも作ってくれるんですよ。しかもどれも美味しいんです。今度お連れしましょうか?」

「そうですね。最近太り始めて来たんでダイエットがてら私も通ってみたいですね。」

美味しい物には目が無い伊佐又だが体重の増加を妻に指摘されている。

「グルテンフリーでも食べ方に気を付けないと痩せないんです。そこら辺も田子作さんは詳しいので大助かりなんですよ。」

「随分入れ込んでらっしゃるのですね、その田子作さんに。」

虎下は少し照れながら頭を搔く。

「実は最初の話なんですが。市場規模じゃなくて『小麦アレルギーの人にも僕と同じ幸せを届けたい』という想いの話なんです。つまりお客様の増加ではなくお客様の幸せの追求を軸に色々考えたんです。」

「なるほど!さすが尚一さん!」

ポンと軽く手を打つ伊佐又。

「小麦アレルギーの人が一番我慢してるのが揚げ物なんです。」

ほうほうと頷く伊佐又に話に熱が入る虎下尚一。

「そこで卵も小麦粉も使用しないコロッケを洗濯船に発注してコロッケパンをテスト販売したのですが、これが凄いヒット商品になったんですよ。」

「おー、それは凄い!」

チューっと氷の解けかけたアイスコーヒーを啜る伊佐又。

おしぼりでついでに額の汗も拭う。

工場脇の狭い事務所では生地を発酵させる都合上クーラーがかけられない。

その代わりに開け広げられた窓から僅かな風が時折吹き込まれるのであった。

「それで今度は色んな揚げ物を個別パックしてもらって当店の米粉パンと同梱発送できるようにしようと思うんです。」

「それは良い考えですね!」

伊佐又は今度は首をおしぼりで拭く。

「そしてここからがこの計画の核なのです。」

エーコは鼻息荒く虎下に説明する。

「当店のグルテンフリー揚げ物にこの『洗濯船開運法』のチラシを入れさせて欲しいのです。」

エーコが手にしているA5サイズの紙にはボードに書かれた内容と同じ物が書いてある。

そして追記としてこう書かれてもある。

『上記行為を行動に移している動画をSNSなどに投稿してくれた方のうち、毎月抽選で10名様に洗濯船オリジナルTシャツをプレゼントいたします。奮ってご参加ください!』

「企業が打つ良くある手かもしれませんが小麦アレルギーでお困りの方だったら『また揚げ物が食べられる!』という喜びから多くのお客さんが参加してくれるのではないかと思うのです!」

鼻息荒いエーコ。

「確か重度の小麦アレルギーのセリアック病患者は国内に1万人位居るそうだし、SIBO(シーボ:小腸過敏性症候群)の人も低フォドマップ食が必須だから数十万人以上の人が困ってるだろうな。」

田子作は以前どこかのサイトで見た情報を思い出している。

「それ面白いですね!!」

虎下が前のめりになる。

「そして変な宗教と勘違いされないようにちょっとコミカルな私たちのキャラクターを添えるんですよ。」

そう言うと今度は別の落書き帳を取り出して手書きのマスコットを見せる。

顔の部分だけ出た体にピッタリ張り付く銀色の服を着たエーコ、頭部には一対の触角らしきものが描かれている。一方、田子作とおぼしき白熊のキャラクターはどこか不機嫌そうな表情を浮かべている。

「ちょっと待った!何で俺は白熊なんだよ!?」

エーコのノートを取り上げ文句を言う田子作。

「だってほらぁ、その表情、そっくりじゃないですか?ねぇ虎下さん?」

「あ、本当だ!ぶはははは!」

虎下が笑い出す。

「ちっ、そーかよ!勝手に白熊!」

田子作のダジャレでますます笑い転げる虎下に少し機嫌を良くする田子作である。

かくして米粉パン店『虹の尾』と洗濯船のコラボがスタートしたのであった。

初めのうちは恐ろしいほどの勢いでSNSへの投稿が増え、あっという間に7000人が『誠の心の実践者』となった。

計画はこのまま成功するかに見えたが、あまりの受注に生産が追い付いて行けなくなり3か月待ちの状態となってしまったのだった。

「まずいですー!残り3000人も居るのに商品が届かなければ『実践者』が増えないですよぉ。」

エーコはコントローラーを前に今にも泣き出しそうである。

「残り2か月しかないのにこれ以上の作戦が思いつきません。どうしよう。虎下さんも田子作さんももう手一杯だし。うーん。」

エーコはネットで洗濯船の評価を検索してみる。

「ん?何ですかコレ?どれどれ。」

検索順位の上位に『純情レストラン洗濯船』なる小説が上がっている。

しかも『レストラン洗濯船』よりも上位に。

思わず小説を読み始める。

「なんとーー!!これは我々の日常じゃないですか!?しかも作者が『田子作』って!自分だけイケメン細マッチョって美化してるし!私は『ずんぐりむっくりの体形』って酷いじゃないですか!!」

フンガーと鼻息荒くホテルを飛び出すエーコは田子作に直接会って話をする気である。

「大体私の知らない所でこんなこと書いて!一体何がしたいのですか?!」

ブツブツ呟きながら早足で夜の春雨町へ急ぐ。

ホテルは隣町だが電車が通っていないので徒歩しかエーコには選択肢がないのであった。

田子作の自宅との途中にレストラン洗濯船があるが当然照明は消えている。

「ん?誰か居る?」

エーコは照明が消えた薄暗い店の前に中の様子を窺っている人影を見つけた。

咄嗟に街路樹の陰に隠れる。

どうやら細身の男性の様である。

警察を呼ぼうと携帯電話を取り出したが込み上げる恐怖で手が震え上手く番号を押せない。

「おい!」

背後から男の声がし、ギョッとするエーコはついに携帯電話を道路に落としてしまった。

恐る恐る振り向くとそこには田子作が立っている。

「田子作さん~・・・」

急に全身の力が抜けたエーコはフニャーとその場に座り込んでしまった。

「何してんだお前?」

怪訝な表情でエーコを見下ろす田子作にハッと我に返ったエーコが立ち上がる。

「しっ!店の前に誰か居るのです!」

エーコは小声で店を指差す。

「ん?誰も居ないぞ。」

どうやら男は既に立ち去っていた。

「怖いですぅ。」

緊張が解けてもなお小さく震えているエーコ。

「なんでこんな時間にこんなところに居るんだよ。折角ホテルを取ってやってるのに意味無ぇじゃんか。」

不満そうにエーコに文句を言う。

「田子作さんこそ何でここに居るのですか。」

「俺は酒が足りなくなったんでそこのコンビニに買いに来たんだよ。」

言われてみれば既にかなりの量を飲んだのであろう、顔が赤い。

「それより何ですかあの小説は!!」

急に用件を思い出すエーコ。

「ん?何のこと?」

しらを切る田子作に更に詰め寄るエーコ。

「誰がずんぐりむっくりなんですか?!」

「だってお前『ハニワ』みたいじゃん。」

「それは田子作さんも同じじゃないですか!大体何の目的でこんなルポルタージュみたいな小説を書いてるんですか!?」

「俺の文才もなかなかのもんだろう?まあ色んな奴に迷惑かけられているからその分を取り戻したいだけなんだよな。」

迷惑料を小説で取り返してくる迷惑な田子作であった。

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