第30話 籠の鳥
「どうしてこんなことになったんだよ。」
西田原は朝から頭を抱え蹲うずくまる。
「エーコさんも今頃カメラ画像見てるだろうなぁ。僕ばっかり損な役回りじゃないか。」
地震は遠いらしく体調は悪くないようだが悩みは尽きないようであった。
電磁波の影響を受けやすい体質のため彼の家には電子レンジはおろかインターネット環境すらない。
スマートフォンは他人から預けられたものを必要な時だけ電源を入れて使用するという徹底ぶりである。
「いつからこんな体質になったんだっけ?」
ふと過去を振り返り始めた。
いくつか思い当たったがどれも決定的には感じられなかった。
仕方がなく預かり物のスマートフォンの電源を入れて何やら検索を始めた。
何度かキーワードを変えて欲しい答えがありそうなサイトを見て回っていた西田原の目に不思議な言葉が止まった。
「銀歯がラジオに?」
思わずサイトにアクセスし詳しく書かれた記事を読み漁る。
数分後、彼は久しぶりに『ヤバい』ほどの目の輝きを取り戻していた。
「これだ!!」
嬉しそうに呟くと今度は近くの歯医者を探し始めるのだった。
ドアが焦げ始めるのを見た男は元来た道を走って逃げ帰った。
煙が2階の通路の下を焦がし始めた時、設置されていたスプリンクラーが勢い良く水を噴射したのだった。
築60年以上も経過した木造のボロアパートは防火対策に余念がなかったのだった。
これもまた誤算だったが男は気づかずに逃げているのだった。
途中、消防車がけたたましくサイレンを鳴らしながらすれ違うのを見てニヤニヤする犯人の男。
「旨ぇな、これ!」
田子作は上機嫌にアジのみりん干しを摘まむ。
少し齧かじっては14年物の赤ワインをグイっと呷あおる。
実のところこのワインはコンビニで買ってきた物を店で飲み干された高級ワインの瓶に詰め替えただけである。
田子作は料理に関しては鋭い味覚の持ち主だが、ことアルコールとなると味覚音痴で飲めれば何でも良い男なのだった。
ましてやツマミが旨ければ疑いもしないのである。
「それより完成した動画を見てくださいよ。」
エーコは床で胡坐あぐらをかいている田子作の前にノートパソコンそっくりのコントローラーを突き出す。
「どれどれ。」
動画の再生ボタンを押す田子作。エーコは見やすいように田子作の目の前でコントローラーを手で持って支えている。
数分の短いショートムービーを見終えた田子作の顔色が悪い。
「気のせいか、何か寒気がしたんだが。どこにもそんな要素は映っていなかったはずなんだが?」
不思議がる田子作にムッとするエーコだが何も言わずに耐えている。
『誠の心』の実践者である田子作にこれら映像をいくら見せたところでサブリミナル効果が確認できないと考えたエーコは仕方がないので自分の手で胸を隠すセクシーショットも挿入していたのだ。
普通ならイヤらしい顔になるべきところを田子作は『寒気がした』と言ったのであった。
それでもサブリミナル効果はあった事が確認できたエーコはグッと我慢している。
「まあまあの出来だな。」
満足げにまたワインを呷る。
「じゃあこれでいきますよ。あ、それからこの人を見て欲しいのですが。」
そう言うとカットされたシーンに映る細身で長身の男の動画を見せる。
男をよく見ようと画面に顔を近づけ思わず口に銜くわえていたみりん干しを落としてしまった。
「・・・こいつは・・・」
どうやら田子作は男の事を知っている様子である。
「誰なのですか?もしかして先日の火炎瓶の男ですか?!」
田子作の様子からエーコもピンときた。
プルルルー
田子作とエーコの携帯電話がほぼ同時に鳴った。
それは警察署からの電話であった。
田子作の家に火が放たれたとの連絡だった。
当然となり部屋のエーコにも連絡が入ったのである。
先日の放火事件の際に二人は事情聴取を受け携帯電話番号を知らせていたこともあり迅速に連絡が来たのだ。
田子作が乗ってきた自転車に二人乗りして猛スピードで自宅を目指す。
「ピー太郎が心配です!!もっと早く漕げないのですか!?」
「お前が重いんだよ!」
自宅に着いた時には前回以上に大騒動になっていた。
住宅街のど真ん中だけに消防車も色んなタイプの物が4,5台到着し消火活動の準備を終えている。
だが火は強烈なスプリンクラーによって完全に消火されている。
警官が二人に近寄ってきた。
「今までどちらに?」
2回目の放火ということもあり警官も田子作達を疑っているようである。
「こいつとホテルに。あ、仕事で打ち合わせをしてただけです。」
「どちらのホテルですか?」
細かく色々と聞かれた二人であった。
「何か心当たりはありませんか?」
ようやく警官は二人は純粋に被害者であると確信したようで真犯人の手がかりを聞き始めた。
エーコが思わず喋りかけるのを田子作が肘で突いて制止する。
驚いたエーコは田子作の顔を見上げたが田子作は無表情で警官に応える。
「いいえ、別に。」
田子作は一体何を考えているのだろうと思うエーコではあったが田子作の事だからきっと何かの考えがあるのだろうと自分も何も知らないフリをすることにした。
「それよりも部屋のインコは大丈夫ですか?」
エーコはピー太郎が心配で堪らない。
「ピーチャン!!」
その時別の警官が鳥かごごとピー太郎を連れて来た。
「ピー太郎!!」
思わず鳥かごごと抱きしめるエーコ。
田子作も隣でホッと胸を撫で下ろす。
「クソッタレがぁ!!」
怒りにこぶしを握り締め唸る田子作であった。