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第31話 横池 徹

「では早速アップしますね!」

エーコは自作のショートムービーを動画投稿サイトにアップした。

その一部始終を見つめる田子作。

「ついにこれで沢山の人に見てもらえるわけか。」

今までの苦労が走馬灯のように田子作の脳裏を駆け抜けて行く。

「何言ってるんですか?アニメでさえ100回くらいしか再生されなかったのですよ?今は面白い動画が溢れている時代なんです。このままでは前回と同じ轍てつを踏むことになりますよ。」

よほど前回の失敗が痛かったのかエーコは動画市場を調査済みであった。

「なんだとぉ?じゃあこんなに苦労した意味があったのかよ?」

思わず口を尖らせる田子作に涼しい顔のエーコは応える。

「そこらへんは今回はちゃんと手を打ちます。」

やけに自信満々のエーコに訝いぶかしがる田子作。

「具体的に何をどうするんだ?」

「簡単です。この動画とシナリオを餌にクラウドファンディングで『映画を作りたいので50億円の募金をお願いします!!』って広告を出すのですよ。」

「ご,50億ぅ~!!」

「あ、少ないですか?じゃあ100億円にしましょう!!」

「ば、ば、ばっきゃろー!!そんなに金集めてどうするんだよ!?」

「ふふふ、金額はどうでも良いのです。」

「どうでも良くねぇよ!募金額と同額のお返しが要るんだろクラファンって。」

「映画化されれば募金額に応じて1800円のチケットを送れば良いじゃないですか。チケットと言っても映画さえ完成すれば印刷代と送料位のものですからお金はたっぷり残って映画製作に使えるのですよ。」

「そ、それにしたって額が大きすぎるだろうが!」

「だからぁプロジェクトが成功しなくても良いのですよ。」

少し説明が面倒くさくなりつつあるエーコは軽くため息をついた。

「お前が言ってる意味が全く見えてこん。」

鼻息荒くエーコを捲まくし立てる田子作。

「あの~、お客様?もう少し声を小さくしていただけますか?」

50代と思われる小太りの優しそうなウェイトレスが二人に声を掛ける。

いつものファミレス、いつもの席に陣取る二人は日中は別のウェイトレスを怒らせて出入り禁止になっている。

通常は21時30分まで営業しているレストランだが、19時も過ぎれば大丈夫だろうとこの日は早仕舞いして来ている。

「すみませーん。」

二人はしょんぼりと頭を下げる。

「怒られたじゃねぇかよ!それよりもっと分かりやすく説明しろ!!」

小声でエーコに噛みつく田子作。

「いいですか、クラウドファンディングというのはどれだけ多くの人が共感したかで成否が決まるのです。そしてここにあるデータを入手してます。」

そう言うとエーコはカバンの中から何かの資料を取り出し田子作に差し出した。

「何だよコレ。」

資料をぺらぺらと捲めくる田子作。

「寄付額とアクセス解析の相関図です。いいですか、グラフのこっちの線が希望の寄付額で縦軸がこのプロジェクトのページを見に来た人の数です。寄付金額が大きいほど多くの人が見に来ているのが分かりますよね?」

「お、おう。」

「で、こっちのグラフは一人当たりの寄付額の大小と成功確率の相関図です。要は一人当たりの寄付額が小さくて総額が大きいプロジェクト程成功確率が高まるのです。」

「なるほど。」

「ですからこのプロジェクトが成功してもしなくても多くの人が私たちのサブリミナル効果ムービーを見てしまうのですよ。つまりプロジェクトが終わる前に私たちの『本当のプロジェクト』は感動のうちに幕を閉じるのです!!」

神族と宇宙人の混血の末裔だが神々しさを完全に失った狡こすいエーコがそこに居る。

「お前、一歩間違えたら完全犯罪とかやらかしかねんな。」

ゴクリと唾を飲む田子作にどや顔を向けるエーコ。

この後エーコは手際よくクラウドファンディングにショートムービーを投稿しプロジェクトを立ち上げたのだった。

ある所にはあるようでクラウドファンディングのアクセス数は爆発的に伸びていった。

ある日の朝、近くの小学校の通学路になっているレストランの前を子供たちがふざけながら歩いている際に「誠の心~!!」と叫んでいるのが聞こえた。

親がパソコンで見ている時に一緒に見たのであろう。

店の周辺ですらこの勢いである。

数日もすれば『誠の心実践者』が念願の1万人を超える所まで来ていることは確実であった。

エーコはホテルの自室でコントローラーを操作しながら現状を見つめている。

「ふぅー、間一髪でした。残すところ2週間でした。そろそろ田子作さんを元の世界に・・・」

キーボードを打つ手が止まるエーコ。

ようやく田子作の今後のことや残される彼女の事に思いが至ったのである。

元の世界に戻しても田子作は2週間後に暴漢に襲われて命を失う予定である。

この世界で起こったことは元の世界でもほぼ確実に起きるのだから。

「私のために田子作、いえ、横池さんの大切な最後の時間を使わせてしまった。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめ・・・」

ついにエーコは良心の呵責に耐え切れずに号泣し始めるのであった。

「ぶへっくしょい!!誰かが俺の良くない噂をしてるな。」

『良くない噂をされると一回だけくしゃみをする』という小学生の時に聞いたジンクスをいまだに信じている田子作52歳。

「しかしクラウドファンディングって凄ぇな。もう12億円も集まってんじゃんか。本当に全額集まったら映画作らなきゃいけないよな?誰に頼もうかなぁ。四ツ谷監督とかいいかもな。」

既に『取らぬ狸の皮算用』を始める田子作。

大の字に仰向けになった田子作は天井を見つめてここ半年間のことを思い出している。

「本当に色んなことがあったよなぁ。」

アニメ製作や米粉パン店とのコラボ、自作シナリオの制作にその動画化、ついにはクラウドファンディングまで。

次々と関係者の顔も思い浮かぶ。

田子作の目から涙が溢れて来た。

「ほんと、俺って幸せ者だ・・・な・・・」

声が潤んでいる。

「ピーチャン!!」

ピー太郎が鳥かごから田子作を気遣うように鳴く。

「そうだな、ピー太郎。お前にも色々世話になったな。ありがとな。」

鳥かごのピー太郎を見つめる田子作はすっかり鼻声になっている。

田子作に見つめられたピー太郎は小さな鳥かごの中で器用に求愛ダンスを舞うのであった。

「有難いのに、俺、何で泣いてんだろな。」

田子作は心のどこかで自分の未来を予感しているかのように一抹の寂しさに包まれているのだった。

プルルルー

22時を過ぎているのに誰か見知らぬ番号からの電話が鳴った。

「誰だ?」

不審がりながらも鼻を拭き電話に出る田子作。

「もしもし?」

「あ、夜分遅くにすみません。私ツチノコ新聞社の宇曽津うそつ 鬼太郎きたろうと申します。この電話は横池 徹さんの番号でよろしかったでしょうか?」

まるで聞き覚えの無い新聞社からの電話である。

「はぁ?違いますよ。」

間違い電話に丁寧に対応してすぐに電話を切る田子作。

プルルルー

またもや見知らぬ電話番号。

「もしもし?」

「大変申し訳ございませんが、私アサッテ新聞の贋城にせじょう 邦ほうと申しますがこちら横池徹さんのお電話で間違いないでしょうか?」

またもや横池と言う人への間違い電話である。

その後も10回を超えるメディア関係者からの間違い電話が続きついに田子作は携帯電話の電源を切ってしまったのだった。

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