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第32話 告白

「・・・大変なことになりましたね。」

いつものファミレス、いつもの座席で向かい合わせに座るエーコと田子作。

恐いウェイトレスは運よく本日お休みだった。

そろそろ9時の開店時間が迫っているが二人は出社する様子が無い。

「・・・」

無言の田子作。

「・・・」

エーコも無言になってしまう。

二人の間に冷たい空気の塊が滞留している。

「・・・お前、誰だ。」

田子作が低い声で問う。

「やだなぁ、エーコですよぉ。」

白々しくも嘘をつき通そうとする。

「俺の知っているエーコはお前じゃない。」

初期設定が解除されてしまった様子の『田子作』

「・・・」

また無言になるエーコ。

何から説明して良いのか分からないのだ。

説明したところで理解できるとも考えられない。

「俺は誰だ?」

昨夜、『田子作』はネットで横池徹に関するニュースを検索していた。

横池に起こった悲劇、ここ最近の執拗な犯罪行為の被害。

そして、『横池徹』はすでに死んでいる事。

今の店の経営はエーコが居抜き物件として契約して田子作に営業させている事。

事実を知ってしまった『田子作』の洗脳は徐々に氷解してゆき朝までには大方の記憶が戻っていた。

クラウドファンディングにアップしたショートムービーから今回の連続放火の被害者としてネットに情報拡散されてしまいメディア関係者が飛びついた。

そこで次々と横池の過去が暴かれ、ついに横池徹と田子作が同一人物ではないかと探り当てたメディア関係者が田子作に電話をかけて来たのが昨夜の舞台裏であった。

そして店舗の方にも沢山の報道関係者がカメラをセットし田子作が現れるのを今か今かと待ち構えていた。

それを予測した二人はここで落ち合ったのだった。

「奴は日堂屋五郎ひどうや ごろうだ。」

「え?」

エーコは聞きなれない名前を聞いて思わず聞き返した。

「俺の家族を殺した奴だ。おそらく今回の事件も奴が俺への復讐でやってんだろう。」

横池は犯人の名前を知っていた。

死刑を求刑したが年齢が若く、横池からの暴行が過剰防衛に当たるのではないかとの疑義も生じたために実刑は8年となった。初犯にしてはこれでも長い方だった。

刑期を終え職を転々としながら生活の場も変えていた日堂屋だったがある時偶然にもエプロンを巻いた横池が今の店舗から出てくるのを発見する。

数週間様子を窺い、ある日早出はやでをした横池が店の前の掃き掃除をしている背後から近づき金属バットで後頭部を思い切り殴打したのだった。

何度も何度も金属バットを叩きつけ、二度と横池が立ちあがれないのを確信するまで続けた。

エーコは病院で得た情報からこの世界の軌道修正に半年遅れの世界から横池を強制連行し、横池や周辺の関係者の記憶の一部を書き換えていたのだった。

重たい空気を切り開いたのはエーコだった。

「分かりました。全てをお話する時が来たようですね。」

エーコは喉が今にも締め付けられそうになるのを堪えながら声を絞り出す。

「実は私は竜神様と宇宙人の混血の末裔なのです。」

ゴツン!

鈍い音がした途端エーコの頭は思い切り後ろへ仰け反った。

「痛い!!」

田子作の拳骨がエーコの額を割った。

無言のまま殺気に満ちた顔つきで冷淡にエーコを見ている田子作。

「本当なんですよ!!まずこの事実を事実として受け止めてもらえないならもう何も話しません!!」

本気で怒るエーコが嘘をついているとは思えない気がしてきた田子作はしばしの沈黙の後に話の続きを聞くことにした。

「事の発端は私のミスでこの世界を消滅させてしまうことになったところからなんです・・・」

今までの経緯を包み隠さずに順を追って田子作に説明してゆく。

「なんで俺なんだ?」

あらすじを聞いた田子作はどうしても合点がいかない。

「丁度その時に流れて来たニュースで田子作さん、いえ横池さんの重体の事を知ったんです。それでこちらの世界からいなくなる人、つまりあちらの世界でも半年後に亡くなる人を利用すれば私がしてることの証拠は全て消えてしまうと考えたのです。」

「完全犯罪!?やっぱりお前ってサイコパスだったんだな。」

さすがの横池もこの思考には驚愕した。

「でもあちらの世界には英子さんが、あなたと特別な関係の女性がいることを知った頃から私がしている事が自分でも許せなくなって来たんです。」

俯いて泣き声になるエーコ。

「それでも俺を騙し続けたんだろ?世界の消滅を防ぐために。」

「それだけじゃないんです。田子作さんは世界進行方向性が真逆の世界から連れて来たのです。」

テクニカルな説明になると工学女子らしく冷静になる。

「意味が分からん。分かりやすく頼むわ。」

「要するに田子作さんはこちらの世界からすると『物凄い負のパワーを持った人』なのです。」

ゴツン!

またもやエーコの額に横池の右正拳突き(みぎせいけんづき)が刺さる。

「痛い!」

「人のことを負の遺産みたいに言うな。勝手に連れてきておいて。」

エーコはオデコを摩りながら話を続ける。

「もうどうでもいいですよ。でもこの世界とは真逆のエネルギーを持っていることは紛れもない事実なのです。だから・・・」

続きを話しかけてハッとするエーコに横池は気づいた。

「だから?今何か話しかけただろ。全部話せ。」

目標達成したら横池を元の世界に戻さなければ負のエネルギーが過多になり、こちらの世界がまた消滅の危機に晒されることを告げるべきかエーコは迷っている。

しかも横池のあちらでの寿命は残り2週間ほどである。

「もし今、元の世界に戻れたら嬉しいですか?」

急にエーコは話を切り替える。

「は?こっちに残っても大して変わらんが英子が待ってるからな。てか向こうの世界で突然俺が居なくなったら今頃大騒ぎじゃないのか?」

「それが実は・・・身代わりのAIロボットを送っているので誰にもバレていないのです。」

エーコは申し訳なさそうに話す。

「じゃあ俺が居なくなったことも気づいてもらえてすらいないのか?」

呆れている横池。

「はい、先日モニターで確認しましたが誰一人気が付いてませんでした。」

ますます恐縮するエーコ。

「で、俺の寿命って正確には後どれくらいあるんだ?」

遂にエーコが一番答えにくい質問が飛んできた。

「それが・・・その・・・」

もごもご口ごもるエーコに横池は苛立っている。

「どうせ人はいつか死ぬんだ。遠慮なく言え。」

吹っ切れている横池の様子に安心したエーコは顔を上げて口を開く。

「たぶんあと2週間くらいだと思います。」

静寂が二人を包み込む。

この穏やかな時間が永遠に二人を守ってくれたらどんなに良いだろうとエーコは思った。

「いやだぁ~!!もっと長生きしたいよー!!お母ちゃーーーん!!」

突然駄々をこねる横池に呆気にとられるエーコ。

「もう駄目です!!お客様、出ていってください!でないと警察を呼びますよ!!」

小太りのウェイトレスは優しさの欠片もない鬼の形相になって横池達を追い出してしまった。

シクシクと下を向いて泣きじゃくり階段を下りる子供のような横池が急に哀れになってきた。

エーコも一緒にもらい泣きし始めた。

「俺は・・・ヒック・・・後どれくらいこっちに居なきゃいけないんだ?」

またしても核心を突いてくる横池。

「今の調子だと後4日もあれば大丈夫かと・・・」

エーコもシクシク泣きながら答える。

「戻っても10日しかないんだな・・・」

消えてしまいそうな声で呟く横池。

エーコは横池の後ろを1mほど開けてテクテクついて行く。

二人は店に戻る気は無い。

店とは逆方向へ俯き加減のまま無言であてもなく通りを歩いて行く。

その時誰かが横池の前に立ちはだかった。

顔を上げる横池。

「日堂屋・・・」

男は金属バットを大上段に構え、今にも田子作の頭めがけて振り下ろそうとしていた。

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