第33話 疼き
「今度こそぶっ殺す!!」
日堂屋はため込んだ力で一気に金属バットを横池めがけて振り下ろす。
横池は咄嗟に上半身を半身に捻ひねり右斜め前方へ飛びながら回転受け身を取った。
日堂屋の左脇を瞬時に飛び退き地面を転がり背後に逃げ延びた横池。
空を切った金属バットは横池がさっきまで立っていた道路を思いっきり叩く。
カキーーーーーーンッ!!
甲高い音を立て反動で跳ね上がる金属バットに、日堂屋は咄嗟に両手に力を入れて自分の頭に当たるのを避けようと上半身を後ろへ仰け反った。
横池は日堂屋の背後2mほどの所で受け身の回転を利用して立ち上っている。
即座に振り返りエーコを助けようとしたその瞬間、
バコッ!!
鈍い音と共に日堂屋が崩れるように道路へ座り込んでしまった。
野生動物系宇宙人エーコのエグイ程の股間キックが日堂屋に決まったのだった。
日堂屋は正座の姿勢からゆっくりと頭を道路へ擡もたげてゆき、ついには道路に頭頂部を付けて気絶したのである。
「大丈夫か!!」
それでも横池はエーコを気遣う。
「はい!大丈夫です!!」
元気なエーコの声を聴いた横池はホッとする。
すかさず横池は日堂屋に飛びつきベルトを外すと両手を後ろ手に日堂屋本人のベルトで縛り上げた。
「これで警察が来るまでは逃げられんぞ。」
日堂屋は完全に気を失ってはいたが念には念を入れた横池であった。
「あ、警察ですか?殺人犯を取り押さえたので急いできてください!場所は・・・」
エーコはテキパキと警察に場所や怪我の状況などを伝えている。
10分ほど経過し日堂屋の意識が戻り始めた時、ようやくパトカーが来た。
日堂屋はその後に来た救急車に乗せられて搬送された。
横池とエーコはパトカーで事情聴取を受けている。
しつこく聞いてくる警官に『これじゃあどっちが被害者か分からんな。』と内心腹を立てている横池。
二人とも怪我が無いということで30分後にようやくパトカーから解放されたのだった。
「コレおかわりー!!」
横池は7杯目のウイスキーのお代わりをマスターに頼む。
ここは横池のお気に入りのBAR『サガサナイト』。
遊歩公園沿いのビルの一階のBARである。
マスターの気障山きざやまは名前とは裏腹に物静かで優しい雰囲気の40代男性である。
そんな彼の人柄と、格別に旨いカクテルが大好きな横池はエーコに隠れてちょこちょここの店に通っていたのだった。
「そんなに浴びる様に飲んだら体に触りますよ。」
優しく宥なだめる気障山にムッとする横池。
「健康なんか糞喰らえだ。もっと強い酒は無いのかぁ!」
今日はやけに絡む横池にほとほと困り果てている気障山が気の毒なエーコだが、事情を知ってるだけに横池にとことん付き合ってやるつもりでもいる。
「あ、マスター、本当にすみません。今日は、今日だけはどうか大目に見てやってください。その代わり一番高いお酒をジャンジャン飲ませて構いませんので。私が全て支払うので。」
「何かあったのですか?」
コソッとエーコに耳打ちする気障山。
「実は余命2週間と医者に宣告されたのです。」
適当なウソをつくエーコに気障山は驚く。
「じゃあ猶更駄目じゃないですか!」
真面目な気障山はエーコに抗議する。
「でも心残りは出来るだけ減らしてあげたいのです。どうか今夜だけは許してください。心行くまで飲ませてあげたいのです。」
エーコの目には涙が溢れていた。
女性の涙は真面目な気障山のような男には強烈な武器として恐れられるのが世の常である。
さすがにこれ以上の深入りはいくら常連の横池でも止めた方が良いと判断した気障山は何も言わないことにした。
AM2時の閉店までに酒豪の横池は23杯のカクテルやショットウイスキーを飲み干し、ようやく酔いつぶれたのであった。
エーコは外に待たせてあるタクシーの運転手と一緒に車へ担ぎ込んだ。
道中の車内で横池は何度か『英子』と寝言を漏らしていた。
その度にエーコは胸が締め付けられる想いがしていた。
車が横池のアパートの前に着き、またもや運転手と一緒に横池を引っ張り出す。
少し意識を取り戻した横池はヨロヨロしながらエーコ達の手を借りて部屋のドアまで歩く。
そこで運転手は肩から横池を下すと車に戻って行ってしまった。
エーコは勝手に作っていた合鍵で横池の部屋のドアの鍵を開けた。
今にも崩れ落ちそうになる横池をドアの横の壁に押し付けつつ器用にドアを開け中へ横池を引っ張り込んだ。
ドサッ
二人は部屋の入り口で重なり合って倒れた。
下敷きになったエーコの左肩の上の空間に横池の顔が来ている。
さすがに今度ばかりはカウンターキックを入れなかったエーコ。
酔ってほとんど意識が無い横池の心臓の鼓動がエーコの鼓動と重なってゆく。
ドクンドクンドクン・・・
「田子作さん、重いです・・・」
小さく呟くエーコ。
横池は意識があるのか軽く頭を左右に振った。
二人は静かに時間が流れるままに重なり合っているのだった。
鳥かごの中の靴下を布団代わりにしているピー太郎は熟睡中らしく出ては来なかった。
30分もしたころ横池の寝息を聞き、エーコは横池の体の下から這いずり出した。
横池を部屋の中まで引っ張り込むとタオルケットを一枚腹の上に掛けてやる。
ドアに鍵を掛けるとエーコは久しぶりに隣の自宅へ入ってゆく。
部屋に戻ると本棚のマニュアルを引っ張りだして何かを調べ始めた。
「横池さんがもっと長生きできる方法があるはずです。この世界を修正してくれた恩人です。このまま死なせるもんですか!」
エーコは夜が明けるのも気づかずに何時間もマニュアルと格闘していた。
「いやぁーすみません。わざわざ来ていただいて。」
右手で後頭部を掻く森田。
横池達がいつも陣取る席を知ってか知らずかドリンクコーナーの真向いの席に座る森田と西田原。
「あ、大丈夫ですよ、家も近いし。」
珍しく爽快な表情の西田原は森田を気遣う。
「この近所に住んでるんですか?へぇー。あ、要件はこっちでした。余計なこと聞くなって思ってるでしょ?はっはっは。」
自分で突っ込んで自分で笑う森田は手にしたUSBをテーブルに置いて西田原の方へ突き出す。
西田原の顔が急に曇り始めた。
「またですかぁ?」
露骨に嫌そうにする西田原に喜々とした表情で西田原を見る森田。
「ほほほ、だって『そういう約束』ですから。」
何が楽しいのかニコニコする森田に軽い苛立ちを覚える西田原であった。