第36話 純情レストラン洗濯船?
3Dモニター一杯に是有珠の顔が映し出されている。
是有珠はニコニコしながらエーコを見ている。
「ぜ、是有珠社長?」
突然の出来事にエーコは事態を把握できていない。
「おめでとう!!正社員決定じゃ!!」
是有珠はエーコを見つめながらウンウンと頷いている。
「はい?」
意味が分からず素っ頓狂な返事をする。
「いやぁしかしあんたの独創性と度胸にはほんと振り回されたわぁ。」
是有珠は苦笑いする。
「ちょ、ちょっと待ってください!一体何の話ですか、さっきから?」
困惑するエーコはとりあえず是有珠の話を中断する。
「いや、だから正社員試験に合格したと言う話じゃが?」
「誰が?」
「エーコさんが。」
「はい?いつからその試験は始まっていたのですか?」
「その部屋に入った時からじゃが?」
「初めっから!どうして試験だと言ってくれなかったのですか?」
「当劇団が求める人材かどうかはあんたに演技されては見極められんからじゃな。」
「劇団?何のことでしょう?」
「おー、悪い悪い、正確にはビルメンテナンス 是有珠ゼウス株式会社の新入社員になった訳じゃが、それは同時に当社主催の地域振興劇団『洗濯船』の劇団員としても参加が認められたということじゃ。」
「ビルメンテナンスゥ??時と並行世界の管理が仕事じゃなかったのですか?」
「だってワシ、この国のこっちの世界じゃ外国人だもん。そんな力も権力もございません。そっちの現世でもっと徳を積まねばこっちの世界では肩身が狭いのよね。それでビルメンテナンス会社を立ち上げたんじゃよ。」
「へ?だって横池さんを並行世界から連れて来たじゃないですか?」
「それじゃよ。始めの台本通りならもっと早く試験は終了してたはずじゃったのにアンタの独創的な対処のせいでどんどんシナリオを書き換える必要が出てきてこっちは大変じゃったわ。」
なぜか是有珠は少し憤っている。
「じゃあ初めから並行世界も無かったのですか?」
「そりゃそうじゃ。何度も言うけどワシにはまだその力は備わっておらん。」
少し逆切れ風な是有珠。
「じゃあ田子作さんは一人二役だったのですか?え?他にも色々いましたけど、みんな劇団の方と?」
徐々に是有珠の話を飲み込み始めるエーコ。
「はい、お話し中申し訳ありません!」
いきなり画面が西田原に移る。
「え?クズ、いや、西田原さんがなんで??」
また意味不明に陥るエーコ。
「こちらはスタッフ控室です。ちなみに私はクズではなくてこの会社の代表取り締まられ役です。」
いつになく爽快な笑顔で話す西田原はエーコの知っている人物とは同一人物とは思えないほど見違えている。
「会社の代表?」
エーコはまだ信じられない。
「ちなみにこちらの方に見覚えは?」
西田原はそう言うとイケメン細マッチョに代わる。
「ひどいですよエーコさん!あなたのおかげで本来なら準主役だったのに色んな脇役に変えられたじゃないですか!」
このイケメン細マッチョはエーコはどこかで見たような気がする。
彼は、不満気味に話しを続ける。
「分かりませんか?病院であなたを病室の外へ連れ出した看護師。あとピー太郎の鳥かごを持ってきた警官。まだ他にも色々出てたんですよ。」
言われてみれば確かに病院で会った男である。
「私も覚えてますか?」
50代と思われる女性が画面に映る。
「えっと・・・」
全く覚えていないエーコ。
「ひったくりに会った高齢女性と、病院のナースステーションで『田岡』さんを叱り飛ばした婦長の役ですよ。」
「あー、言われてみれば!!」
思い当たるエーコ。
画面がまた是有珠に戻った。
「アンタがこの世界を破滅させるミスを起こし、半年前の世界から田子作を召喚して危機を脱するという所までははじめから他に選択肢が無いようにシナリオを用意しておったんじゃ。そこからのアンタの対応を見て人格や能力を査定する材料にするはずじゃった。しかしアンタはいきなりとんでもない行動に出たんじゃ。」
「とんでもない行動?」
「そのノートパソコンや部屋に置いてあったカメラやオーディオを勝手に使ってAIチップや声発生装置とかイヤホンなどに作り変えて身代わりロボをあっという間に作ったじゃろ。」
「それのどこがとんでもないのですか?」
「横池が元居た世界に送り込むはずじゃった役者が仕事を失ったんじゃ。本来ならワシにアンタは泣きついてくるはずの所、あんたがコントローラー(本当はただのノートパソコン)の部品を一部取り外したおかげで連絡が取れなくなったんじゃ。」
確かに何度連絡しても是有珠には繋がらなかったことを思い出すエーコ。
「仕方がないから特殊能力を持つ西田原君を使って地震の度に新しいシナリオを告げ、みなに伝達してもらっておったんじゃよ。他の人間にはワシの声は聞こえんからな。地震直前の地磁気の乱れは一種の電磁波として使えることからラジオのように彼の脳内に直接指示を出してたのな。」
「でもコントローラーで横池さんが元居た世界を何度か見ましたけど半年遅れの季節でしたよ?」
不思議に思ったエーコは是有珠に質問する。
「だからじゃよ。アンタが来る半年前からあらゆる可能性を考えて色んな動画を撮影してたの!それを当初の想定をはるか斜め上ゆくあんたの想像力のおかげで矛盾だらけになったんじゃよ!だから何度も西田原君を使ってそのパソコンのデータを入れ替えてもらってたんじゃよ。」
「でも、いつ新しい動画を撮影したのですか?田子作さんはほとんど私と一緒でしたし。」
「そこで森田君の登場じゃ。彼の提案で動画撮影が始まったのを覚えておるじゃろ?追加動画撮影を街のあちこちで繰り広げ、アンタの目の前でも堂々と撮影しとったんじゃよ。アンタが出ないシーンも沢山あったじゃろ。そん時に田子作にもちょこちょこ店を抜けて撮影に参加してもらっておったんじゃ。」
「ではニュースやクラウドファンディングも?」
「ネットニュースなんざいくらでも捏造できるがクラウドファンディングは本物じゃ。有難く頂戴して映画製作に使わせてもらうつもりじゃ。どうせ撮り溜めた動画は十分すぎるくらいにあるからの。」
「それでは本当にこの半年間のことは全てが捏造された物ということですか?身代わり同意契約書も?」
「捏造とは人聞きが悪いのぅ。もちろん永久幽閉も無ければ身代わり契約書も真っ赤なウソじゃ。ほっほっほ。安心したかな?」
嬉しそうに微笑む是有珠。
エーコは沸々と腹の底から例えようの無い怒りが込み上げてくるのを生まれて初めて味わっている。
突然画面は西田原たちの居るスタッフ控室に変わった。
「それでは今度は主役の田子作さんに代わります!お二人の今回の演技は素晴らしいものでしたね!!田子作さんは社員食堂『洗濯船』の料理長でもあるんですよぉ。それではどうぞ!!」
画面に田子作こと横池徹が映し出される。
「あらエーコちゃぁん?今回は本当にお疲れさまでしとわぁ!」
「・・・オネエ?田子作が?」
「ごめんねぇ、もしかして私に恋心とか抱いちゃったりしたぁ?ほんとマジ女ってキモいから私的には無理ぃー!でも今後は同じ劇団員として仲良くしてねぇ!チュッ❣」
ぞぞぞーと背中に悪寒が走るエーコ。
「ちなみに僕、特殊メイクで二役してたの気づきませんでした?」
殺人犯役の日堂屋がひょっこり画面に顔を出す。
バリバリバリ・・・
首の付け根から顔の皮を引きはがす日堂屋に一瞬ギョッとするエーコ。
下から覗かせている本物の顔は『アイちゃん』であった。
「股間パッド入れてて本当に良かったっす。パッドですらボッコリ凹んでましたからね。生身だったら僕も今頃田子作さんみたいになってたっす。エーコさん、まじ恐いんですけどぉ!」
アイちゃんは陽気にエーコを揶揄からかう。
「日堂屋がアイちゃん・・・」
しばらくの間ブツブツ俯いて呟いていたエーコの怒りはついに頂点に達した。
「・・・何が『誠の心』だ・・・」
「へ?なんじゃって?」
是有珠は聞き返す。
「・・・私の純情を弄びやがって・・・」
「やばい!激怒げきおこぷんぷんじゃ!」
是有珠がビビる。
「何が純情レストランじゃ、この田吾作がぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
エーコの絶叫はすっかり高くなった秋の空へと消えていった。
完?