第4話 女子大生エーコ?!
春まだ浅い3月上旬、登校する若い学生でにぎわう大学構内。
「とうとうこの時期まで内定の一つも決まらず今日に至ってしまった。残る希望は掲示板のアルバイト募集広告だけかぁ。」
とぼとぼと廊下の先にある掲示板へ歩いて行くエーコ。
「エーコちゃん!」
幼馴染のヒナが後ろから声を掛ける。
「あ、ヒナちゃん。」
家もすぐ近くだったためお互いに行き来し、まるで姉妹のように育った二人。
とはいえ悲しいかな遺伝子の差は大きかったようだ。
「どこか決まった?」
ヒナは心配そうにエーコの顔を覗き込む。
顔の輪郭はやや四角っぽいが犬歯とえくぼが特徴的な美少女である。
「まだどこも。」
言語能力が低いエーコにとってヒナは社会に接する際の翻訳家のような役割を担っていた。
「そもそもエーコちゃんってどんな所が良いと思ってる?」
美人なだけでなく頭脳明晰な彼女は常に正しい答えを導き出し、今までのエーコの人生を好転させてきた。
「どんな所っていっても普通に給料がそこそこで遣り甲斐があってヤリチンが居ないところかなぁ。」
ヒナの前ではあけっぴろげなエーコにさすがのヒナも赤面する。
「や、遣り甲斐ってエーコちゃんはどんな仕事ならやりがいを感じるの?」
当然ヒナは3年生の春には一流企業への就職内定を貰っていた。
だからこそ未だに1件の内定すら貰えないエーコを心配しているのである。
「そうだなぁ。なんか世のため人のために頑張ってる上司が居る所かなぁ?」
適当に答えるエーコ。
ヒナには何においても敵わないことは子供の時分から知っている。
こういう相手には投げやりで適当に返答すると物凄い精度で正しい答えを導き出してくれることだけは経験上知っている。
「それって仕事じゃなくて人間関係だよね?そんなシチュエーションを入社前に把握するのは難しくないかなぁ?」
至極当然な回答である。
「だよねぇ。しばらくはプー太郎でもするかな。」
他人事のように返すエーコにいささか憤りを感じるヒナではあったが姉妹のように育ったエーコの行く末が心配でたまらない。
「アルバイトや研修で社内に入れたらそこら辺の情報も社員さんから聞けるかもしれないじゃない。とりあえず堅い会社に飛び込んでみると言うのも手かもね。」
優しさ100%の女神ヒナの言葉になるほどと感心するエーコ。
二人は気づけばアルバイト募集の広告が貼ってある掲示板の前に立っていた。
「同じ企業がずっと募集広告出してるのって『当社はブラック過ぎてすぐに人が辞めて行く企業です』って宣伝してるようなもんだよね。」
鋭いエーコの指摘に素直に頷く女神ヒナ。誤解を避けるために敢えて注釈を入れるならば、『女神』はヒナの本当の苗字である。
「特にコレ。パラレルワールドアドミニストレーター募集のとこ。」
エーコが一つの広告を指差す。
「先輩から聞いたんだけど24時間365日勤務で薄給らしいよソコ。いくら私たちが神族でもキツイわよね。」
ヒナが合の手を入れる。
「喝かーーーーーーーーっつ」
掲示板の裏の狭い隙間から老人男性が飛び出してきた。
二人は腰が抜けるほど驚いたがエーコの右足はしっかりと老人の股間を蹴り上げていた。
唯一エーコがヒナに勝てるとすれば野生動物並みの反射神経だけである。
「ぐぬぅーーーーーん。」
文字にするには困難な唸り声を上げてその場に崩れ落ちる老人男性。
「きゃっ!だ、だ、だ、大丈夫ですか!?」
思わず老人に近づこうとするヒナをエーコが力強く制する。
「駄目、ヒナちゃん!!こんなのには天罰が下って当然だから!」
例え老人であっても強すぎる正義感のエーコには通用しなかった。
「でも苦しそうだし。きっと訳があってのことだと思うの。」
どこまでも優しいヒナである。
「そ、そうじゃ。訳があっての事じゃ。驚かして済まなんだ。ワシはこういう者だ。」
老人は苦しそうに声を絞り出し蹲うずくまった姿勢のまま懐ふところから名刺を取り出した。
「是有珠ぜうす 万作まんさく?」
引っ手繰るように名刺を手に取ったエーコが名前を読む。
「ワシは『時と並行世界の管理組合株式会社』の事業主じゃ。」
まだ痛いらしく小鹿のようにプルプルと震えながら内股で腰を引いてゆっくりと立ち上がる是有珠。
「社長さん!?」
もじゃもじゃの白髪の生え際は頭頂部のやや後ろまで後退し、髭は髪の毛との境界も無く顔の輪郭を包んでいる。
どこからどう見てもホームレスにしか見えない老人男性。
「まあ今のところ一応はな。」
なぜだか恥ずかしそうに答える老人。
「一体どんな理由があって私たちを驚かせたのですか?」
ヒナが優しく問うと老人は肩を震わせながら弱弱しい声で話し始めた。
「事の始まりは年を取って集中力が続かなくなったワシの代わりに若いパラレルワールドアドミニストレーターを雇おうとこの大学に募集を出したところから話が始まるんじゃ。」
時折喉を詰まらせ、涙をにじませながら今日に至るまでの経緯を事細かに説明する。
話を要約すると、初めて雇った学生が労働と対価が見合わないと言い出し徐々に横柄になり、どんなに待遇を良くしても自社の悪評をあらゆるメディアで言いふらした末に突然辞めたため今では誰も希望者が来なくなったと言うものだった。
「聞いてるとそんなに悪い人じゃないと思えるけど『火のないところに煙は立たない』とも言うし、丸っと信じるのもどうかなあ。」
本人を前に露骨に嫌味を言うエーコにヒナは驚きを隠せなかった。
「エーコちゃん!」
それ以上言葉が閊えて出てこないヒナを横目に老人の顔をしげしげと見つめるエーコ。
「どっかで見た気がするんだよねこの人。」
老人の周りをゆっくりと回りながらじろじろ見る。
「わ、わしみたいな老人はどこにでも居るて。た、他人の空似じゃろ。」
妙に声が上ずる老人。
「エーコちゃん!いい加減にしないと怒るよ!」
全く迫力の無い可愛らしい声で必死に怒ってみるヒナである。
「でもこの人やっぱり怪しいよヒナちゃん。」
疑り深いがこういった場面での動物的直観は鋭いエーコ。
「うおぉーーーーー!!さっき蹴られた金〇袋が猛烈に痛み始めたーーーー!!一体誰のせいだろうなぁーー!!」
突然老人が喚く。
「ほ、ほら!エーコちゃん謝ろうよ!」
慌てる『優しさ120%』のヒナ。さっきは流石に力加減をせずに蹴り上げたなという若干の自責の念があるエーコ。
「ごめんなさい。どうすれば良いですか?病院行きます?」
少し反省の色を見せるエーコに老人は答える。
「もし反省しているならば、百聞は一見に如かず、当社で少しの間アルバイトをやってはくれんだろうか?」
老人の目が光る。
「うーん、どうせアルバイトを探してたけど・・・でもなあ。」
迷うエーコをヒナが説得する。
「こんなお年なのに大変な仕事を続けるのは可哀想だよ。それに大切なところをエーコちゃんが蹴ったんだし。」
エーコの罪悪感を上手に刺激して納得させる。
「ちなみに条件を教えてもらえますか?」
エーコは渋々詳細条件の話に切り出す。
「勤務地は地球の日本国大分県大分市春雨町(にほんこくだいぶんけんだいぶんしはるさめまち)。24時間365日勤務で約半年間の有給休暇が付く。住み込みのため家賃、水光熱費、通信費は全て会社持ち。ペット同居可。ただし小型動物まで。給料は年収1200万太郎。仕事内容は当社特製機器による並行世界と時間の秩序維持。こんなところじゃが何か質問があれば今のうちに済ませてくれ。」
急にシャキンとする老人に唖然とする二人。
「とりあえずエントリーシートに記入しておくんで後日採用かどうかを知らせてくれれば。それまでに他に本採用が決まってたらごめんなさいです。」
そう言いながら掲示板に備え付けられたエントリーシートへエーコは記入し老人に手渡した。
「採用!!」
いきなり老人が声高に宣言した。
「早っ!!」
驚くエーコとヒナ。
「あ、すまんが苗字は正確に頼む。」
そう言うとエントリーシートのエーコの苗字の部分を消しゴムで消そうとする。
「いえ、それが私の苗字なのです!」
慌てて止めるエーコに老人はもう一度聞き返す。
「へ?苗字が『宇宙人』?」
怪訝な表情でエーコを見つめる。
「そうなのです。うちはこの星で一番変わった苗字ということで先日もバラエティー番組に取り上げられました。」
ようやく老人は事の真偽が掴めたのかニコリと笑った。
「宇宙人エーコさん、あなたを正式に本日只今をもってパラレルワールドアドミニストレーターのアルバイトに採用いたします!!」
老人が今までになく晴れやかな良い声でそう宣言するとたちまちエーコは煙に包まれ姿を消したのだった。
「エーコちゃんは!?」
驚いたヒナに老人は笑顔で返す。
その顔は先ほどまでの見すぼらしい姿ではなく神々しいゼウスのそれになっていた。
「ゼ、ウ、ス様???えーーーーーーーー!!」
一軒の古びた木造2階建てアパートの前で呆然と立ち尽くすエーコ。
1階角部屋の扉の横には『宇宙人エーコ』と書かれた表札がぶら下がっている。