第8話 永久幽閉の救世主?
「きゃー!!ひったくりー!!」
家を出て十数分ほどエーコが歩いたところで背後から女性の悲鳴が聞こえて来た。
エーコの横を物凄い勢いで自転車に乗った男が通り過ぎる。
「その人を止めて!!泥棒~!!」
高齢女性が必死に懇願するも今のエーコはただの人でしかない。
何とかなるものでもない。
ただただオロオロするばかりである。
遂に自転車は次の角を曲がって見えなくなった。
少し落ち着きを取り戻したエーコは携帯電話のことを思い出した。
すぐさま警察へ通報している。
ようやく息を切らせてヨロヨロと走ってきた高齢女性がエーコの前でしゃがみこんでしまう。
「はぁはぁはぁ・・・あ、あのバックには・・・おじいさんの形見が・・・入っていたのよぉ・・・」
今にも泣きだしそうな女性が気の毒になった。
慰めようと横にかがもうとした瞬間、今度は一本隣の通りから叫び声が聞こえて来た。
「うわぁーー!火事だぁー!誰か助けてくれー!!」
鬼気迫った中年男性の声がする。
遠くではパトカーがサイレンを鳴らして違反車を追跡している。
「ん?急に治安が悪化??何かおかしいです。はっ!!」
ようやくコントローラーの電源を付けたままピー太郎と一緒に残したことを思い出したエーコは慌てて自宅へ駆け戻る。
バタン!!
またもや正面から床に叩きつけられるようにドーム内へ戻ってくるエーコ。
部屋中にアラートが響き渡っている。
「いたたた!!コ、コントローラーは!?」
デスクの上にそのままの状態で置かれてあるのを発見すると画面を必死にのぞき込む。
弄られたボタンはないかチェックし衝撃を受ける。
「世界秩序が最低レベルになってるぅーーー!!」
大慌てでコントローラーを操作し秩序レベルを元に戻す。
だがアラートは鳴りやまない。
「どうしてぇ?!」
今度は緊急事態マニュアルを捲めくり答えを探す。
何度か設定しなおしたがやはりアラートは鳴りやまない。
徐々にパニックに陥るエーコは通信を使って是有珠に助けを求めることにした。
だが今度は何度コールしても是有珠からの返事はない。
「ピーチャン!!」
右の耳元にいつの間にか飛んできたピー太郎が大きな声で鳴く。
「痛い!!こらピー太郎!何をしたの?!」
キーンと耳鳴りのする右耳を押さえながらエーコはインコに切れる。
さっと身をかわす様に飛び立ちタンスの上に逃げるピー太郎。
その際に糞をキーボードの上に落としていった。
「ぎゃー!!あっ!これか!!」
糞が落ちたキーのおかげで画面が危機に陥っている並行世界の次元を表示したのだ。
「次元まで弄ってたのか!これでどうですか!!」
ようやくアラートが鳴り止んだ。
全身からネバっとした嫌な汗が噴き出して止まらない。
「危なかったぁ~、もうちょっとで宇宙の果てで幽閉されるところでしたぁ・・・」
空腹なのも忘れクタクタになるエーコをタンスの上から静かに見下ろすピー太郎。
「ん?何この点滅??」
アラートは鳴りやんだがモニター下の小さなランプが明滅している。
マニュアルを読みながら確認してゆく。
「えーっとこのエラーコードは・・・」
そう言いながらコントローラーで確認作業を続けていると突然モニターに緊急事態の文字が表示された。
「え?嘘。アラートは鳴り止んだでしょ?」
モニターに続けて表示された緊急事態情報にエーコは全身総毛だった。
『緊急事態速報』の文字の下にはこのような文章が続いている。
『現在管理者が存在する次元世界は残り4560時間後に消滅します。管理者または関係者の皆様は出来るだけ早く帰還されることをお勧めいたします。なおしかるべき後に管理者はその責を負うこととなります。』
「そんなー!!着任早々で永久幽閉!?まだ何かしらの解決策があるはず!!」
必死に通常マニュアルや緊急事態マニュアルを物凄い勢いでくまなく読み飛ばす。
おそらくエーコ史上初の集中力であろう。
「ん?!もしかして!」
言うが早いかコントローラーを操りブツブツ言いながらシミュレーションを開始する。
モニターには設定条件や抽出条件を少しずつ変えながら入力していった結果が次々と表示されてゆく。
「これやー!!これなら何とかなるかも?!残る問題は『修正者』を誰にするかだけですね!!」
その時別の壁のネットニュース専用モニターにニュースが流れた。
「速報です。先ほど春雨神社近くの路上で中年男性が後頭部を鈍器のようなもので殴られ倒れているのを発見され近くの病院に運ばれましたが意識不明の重体となっています。」
「この人やー!!私の救世主ー!」