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第24話 『微熱』

「今日は特別な日なのです。」
鼻歌交じりに鏡台を覗き込みながら珍しく化粧をするエーコ。

「先月は本当に一日も休みが取れないくらい忙しかったんだし今日くらいは外に出かけても良いはずですから。」
誰が聞く訳でもないが言い訳がましく自分に言い聞かせている。

「おい、何やってるんだよ?急がんと配達時間までに弁当が間に合わなくなるぞ!」
店に戻ると田子作がまるで時代劇の殺陣でも真似するかのように飛び跳ねながら数十個の弁当と格闘していた。

「どうですか?」
久しぶりのメイクの感想を聞こうとするエーコ。

「どうもこうも無ぇよ!次から次に追加注文が入ってギリギリじゃ!!急いで手伝え!!」
田子作は追い詰められて切れる寸前である。

「今は忙しくて気づいて貰えないか。また後で聞けばいいや。」
そう呟くとエプロンを纏いつものように慌ただしく弁当を作り始めた。

2時間後。
「いやぁ~、ほんま、こんな弁当を毎日食べられるなんて幸せやなぁ!!」
『社長の様なバイトのSさん』は配達から戻り皆と一緒に食卓を囲むと、いつもこんな賛辞を田子作に贈るのだった。

「いやぁ~、人生の先輩にこんなに褒めて貰えると手を抜かずに頑張った甲斐がありますよ。」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる田子作を横目で見るエーコ。

「コホン、コホン!」
エーコは、みんなの注目を集めようと咳払いをする。

「どうした?」
怪訝な表情の田子作に、『気が付かないのかなあ?!』といら立ちを隠しつつも口を閉ざすエーコ。

「あ、そう言えばエーコちゃん、今日はちょっと顔赤いんちゃう?」
元はこの近所の生まれだが長い関西での生活のため関西弁が抜けなくなったSさんがエーコの『異変』に気が付いた。

「本当や!顔は赤いし瞼は腫れぼったくなってるぞ。風邪じゃないのか?大丈夫か?」
Sさんに言われて田子作もようやくエーコの『異変』に気が付いた。

「こんにちはぁ~」
そこへ常連客の女流作家先生が来店。

「あら?エーコさん風邪引いた?顔が赤いし目も腫れてるわね?ちょっとご主人、働かせすぎじゃないのぉ?」
田子作を疑るような眼差しで見る女流作家先生に違う違うとジェスチャーで応える田子作。

「今日はもう良いから自宅に戻って寝ろ。俺まで疑われちゃ敵わん。」
田子作はエーコを帰らせようとする。

「そうじゃなくって・・」
エーコがようやく口を開いた瞬間、

「まだお弁当あるかしら?」
近所の常連の女性が開け広げた入り口から暖簾を潜りながら入ってきた。

「日替わり弁当は終わりましたが何とかしましょう!」
田子作は昼食を諦めて厨房に入る。

「あら、奥さん?大丈夫?風邪じゃないの、顔が赤いわよ?」
今更メイクが下手なだけだとは言いづらくなったエーコ。

「ちょっと微熱があるみたいなんで・・・。今日はお風呂に入って寝ます。それではみなさん、お疲れさまでした・・・」
そう言い残してそそくさと家路についたのだった。

「ばかたれー!!もう2度と化粧なんかするかー!今日は田子作主人が帰ってくるまでお酒を飲んでグデングデンになって蛇のようにしつこく絡んでやるんや!!」
エーコは部屋に戻ると荒れ狂っていた。
それから数時間は、我慢してたお菓子を乱れ食い、田子作が大事に隠しているウイスキーをガブガブとストレートで煽ったのだった。

「ふん。つまらん!」
アルコールに特別強い体質のためウォッカを1本開けても酔わないエーコは一しきり暴れてみたものの面白味を感じることは出来なかった。
その代わりに時間の経過とともに冷静さを取り戻してきた。

「そっかー!みんなが微熱と間違えるんなら『それはもはや微熱』じゃないですか!ということは今度から休みたい時には『微熱メイク』をすればいいんだ!!」
名案を閃き、嬉々とするエーコの背後に突っ立ってる人影が。

「そういう事か。閃くのが1分早ければ俺に聞かれずに済んだものを。」
憐れむような表情で田子作はエーコを見下ろすのであった。