第25話 『売るのにうらない?』
「ぐぶ~・・・」
エーコは不満げな表情を露骨に浮かべ、大きな鏡が埋め込まれた壁側の席で歓談に沸く田子作達を睨みつけている。
「私という者がありながら何盛り上がってんですか!」
田子作達には聞こえない音量で憤る。
そんなことは一向に構わない風の田子作達、と言っても田子作以外は30代と思しき男性3名だが、彼らは数十年来の旧知の友よろしく話に花を咲かせ盛り上がっている。
新婚というには少し時間が経ってはいるがまだ3年目。
エーコからすればもう少し自分にも構って欲しいのだろう。
「何がそんなに楽しいのですか?」
堪らずエーコは水の入ったコップを給仕する振りをしながら会話に割って入った。
「いやぁ、田子作さんと話してると元気を貰うというか、全部、全部が楽しいんですよぉ。」
一番若く、きっと自分でもイケメンだと自覚してるであろう『見た目は好青年』が答える。
「でも皆さん今日初めてご来店ですよね?」
訝しい表情を必死に抑えながら作り笑顔で聞き返すエーコ。
「田子作さんと話してると1時間がまるで一日みたいに感じちゃうんですよ!」
確かに店に来てまだ1時間と少ししか時間は経っていない。
「おいおい、お客様に失礼だぞ。あっち行ってろ。」
少しアルコールが入って気が大きくなった田子作は頬を赤らめながらエーコを厨房へ追いやろうとする。
「居酒屋を始める。」
突然田子作が言い出したのは先週末の事だからまだ5日と経っていない。
しかも
「招待した人しか飲めない店にする。」
と、大上段に構えた横柄ぶり。
「お得意様は?」
心配になったエーコは思わず問い直す。
「おぅ!もうちろんウェルカムだ!」
この日も少しアルコールが回った状態だったのできっと翌日には忘れるだろうと高をくくっていたエーコは今更ながら後悔し始めている。
「あの時止めてれば・・・」
厨房で人知れず下唇を噛み締め悔やむエーコ。
「ワハハハ!!」
店内はますます盛り上がる。
確かにこの2年間、ほとんど一日を厨房で過ごしてきた田子作を見てきたエーコは息抜きの必要性を感じてはいた。
だが本人は一度何かを始めると憑りつかれた様に熱中して人の話も聞かないし20時間以上働いてるのに疲れたなんてことも全く言わない。
だからてっきり本人的には幸せなものだと勝手に考えていたのが本当のところ。
「俺、実刑判決2年喰らったみたいだ。」
ある時いきなりそう言いだした田子作。
休日も無く早朝4時から働き始め就寝は遅い時は深夜0時を過ぎることも珍しくも無かった。
「過労死は80時間残業で認められるけど俺は240時間以上残業してることになる。」
珍しく不満げな表情でエーコに詰め寄る田子作。
「でも今は店の売り上げもようやく軌道に乗り始めた時期。今すぐには何もしてあげられそうにありません。どうしたら良いですか?」
経営については素人のエーコは解決策を瞬時に導き出すにはまだまだ経験が浅かった。
「せめてたまには飲みに行きたい。」
そう言いながらも店の実情を誰よりも熟知している田子作はそれが許される贅沢ではないことを知っているので言葉に力が無い。
はなから諦めているのはエーコにも痛いほど分かった。
「でもうちのような価格とボリュームで美味しくて楽しいお店が他にありますか?」
エーコは外食が大嫌いだった。
理由は明確で、田子作が作る食事が最高だと思っているからである。
「・・・」
田子作もコストパフォーマンスや移動時間、現金支出などを考えると同じ結論に達するのだった。
「俺が飲みに出られないなら俺に会いに来てもらおう。」
不意に目の端に輝きを取り戻した田子作。
「どういうことですか?洗濯船会議は毎月1回と決めてますが?」
当店は田子作主催の異業種交流会『洗濯船』から名前を取っている。
この14年間で大分中の経営者他が400人以上は出入りしていた。
その中には世界的に活躍するアーティストや学者さんに官僚やマスコミ関係者もいる。
「弁当やオードブル、それにディナーの常連様だけに『居酒屋するのでいつでも遊びに来てくださいね。』って挨拶するんだよ。」
なるほど!と田子作の意図するところが飲み込めたエーコ。
「商売を放棄するのではなく、あくまで商売をしながらもお得意様と仲良くなりたいわけですね!」
この時はまさかここまで田子作が『水を得た魚』のように生き返るとは想像もしていなかったエーコ。
「実は俺、昔は神戸三宮界隈でプールバーとかで遊んでたんだけどさぁ、気が付けばカリスマ占い師にされてたんだよ!」
いつもの昔話が始まった。
だが初めての若い客からすれば田子作の人生は映画より映画らしく奇想天外、興味津々に聞こえるのだ。
実際何度も危険な目に会いながらも毎回無傷で事なきを得ているのを見てきたエーコはその話の腰を折るのは違うと感じていた。
その時ふとある考えがエーコの脳裏をかすめたのだった。
「ちょっと待った!」
ここからが面白い話になると言う時に邪魔をされ眉間に皺を寄せる田子作。
「ここからは『占いセット』をご購入くださいね。」
一同はキョトンとした顔をしている。
無論、田子作でさえである。
「お前何言ってるの?」
当然と言えば当然の田子作の質問である。
「神戸カリスマ占い師田子作主人の占いと1ドリンクと料理1品のセットで税込み1000円です!占いはお一人15分以内でお願いします!!」
余りの気迫に押され一同は思わず頷いてしまった。
「はいはいはい、それでは先払いでお願いしますねぇ。あ、言っておきますが当たるも八卦当たらぬも八卦ですから。」
手際よく皆から1000円札を徴収するとタイマーをセットして見せるエーコ。
「それではよーい始め!!」
こうして当店名物『売っているのに占いセット』が始まったのであった・・・