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第19話 徹と英子

「こらー、早く掃除せんか!」

田子作の身代わりロボットはAIチップと高精度の音声発生器内蔵で、過去の田子作の映像から完璧に『田子作らしく』振舞うことが出来るのである。

表情はホログラムで立体的に顔面マスクの表面に映し出されているのだがあまりにリアルなので誰にもバレてはいない。

田子作ロボは半年遅れの横池徹の元の世界に送り込まれて早3か月が経過していた。

路上で英子を叱り飛ばす田子作ロボを街路樹のホルトの木の影から睨みつける男の視線。

「糞野郎がぁ・・・」

殺意に満ちた声を絞り出す男には全く気が付かない田子作ロボ。

1月も下旬となると肌寒さも一層強くなり、街路樹のホルトノキの葉も寒さからか精彩を欠いている。

木陰からしばらく様子を窺っていた男だが何か思いあたったのか元来た道を引き返し始めた。

「くそー頭痛ぇ・・・。今度こそ思い知らせてやる。ふふ・・・楽しみが出来たぜ。」

右手で額を摩りながら不気味な笑みを浮かべたまま細身の蒼白顔の男は立ち去って行った。

「まったく、徹さんは怒りん坊ですぅ。」

あちらの世界のエーコとは全くの別人だが天然さは瓜二つの英子がぼやく。

「お前がグズグズするから叱られるんだろうが!!」

またもや英子に怒鳴りつける横池徹よこいけ とおるに成り切っているロボ。

「これじゃあ交際すると言っても師弟関係のままじゃないですか。」

聞こえないように文句を言う英子。

「あの~、11時で予約してたんですけどカレーってもう食べられますか?」

自家焙煎珈琲豆店の店主笹党ささとうは11時少し前だったために遠慮深げに声をかけた。

「あ、大丈夫ですよ!」

振り向きざまに英子は元気よく笑顔で答える。

「あ、じゃあカツカレーでお願いします。」

細身ながらもがっしりとした体格は休日ごとの登山で鍛えた賜物なのかもしれない。

「あ、なんだぁ笹党さんじゃないですかぁ!!お久しぶりですぅ!」

洗濯船はレストランではあるものの、駄菓子やパンの他にも珈琲豆や青果などを店頭に陳列して販売もしているのだった。

もちろん珈琲豆は笹党の『おうちで珈琲』のものである。

営業的ニュアンスはあったものの、グルテンフリーで1か月以上かけて100種を超える食材をつぎ足し煮込み続けたカレーに純粋な興味があった笹党は堪らず予約を入れたのであった。

しばらくした後にテーブルに運ばれてきたカツカレーを見た彼は驚きを隠せなかった。

「ぐふっ!!」

山盛りの皿を見て堪え切れずに吹き出してしまった笹党。

「カツは噛めば噛むほど旨味溢れる大分産豊後豚だいぶんさんほうごぶたを使用し、特許製法の米粉微粉と米粉フレークで包んでラード100パーセント油で低温2度揚げしてます。」

田子作ロボが調理法を説明しているのだが笹党の『悪代官の悪だくみ』のような独特の笑いが止まらない。

笹党はこれだけのこだわりなのになぜこんな低価格で提供するのか笑いながらも考えあぐねている。特にトンカツはどう見ても単品で1000円を超えるボリュームだ。

「もっと価格設定を上げた方が良くないですか?ぐふっ。」

嬉し過ぎて笑いがまだ止まらない笹党に田子作はこう答えた。

「俺も実のところ分かってないんだよ何で安売りするのか。一応は原価計算はするんだよ。けど一度ひとたび料理を始めると当初の原価なんかどうでも良くなってしまうんだよな。だから毎日英子や税理士の先生に叱られてんだ。」

微笑みの中にも困った表情を含ませる田子作ロボ。

笹党も珈琲豆に対するこだわりは相当なもの。

田子作の決して譲れない物への気持ちがようやく笹党にも痛いほど心に沁みて来た。

「それではいただきます。」

両手を合わせ軽く会釈をするとフォークとナイフを器用に扱いながら多すぎる具材が皿から零れないように食べ始めた。

一口目は純粋にカレーだけの味を試してみたかったのか、ご飯とルーだけの部分を口に運ぶ。

「うーん、美味しい。」

朴訥と評価する笹党に田子作も満面の笑みを浮かべた。

「カツも食ってみてくれよ。」

笹党を急かす田子作を英子は『まったくもう!』と思いながら見守る。

「うん!!柔らかい!!旨味が凄いです!!うわっ旨っ!!」

物静かな笹党が珍しく歓声を上げる。

それをウンウンと頷きながら嬉しそうに見つめる田子作。

本当に美味しい物を知ってもらうことに使命すら感じている彼にとって客の反応は何よりも重要なのだった。

ものの数分でペロリと平らげた満足げな笹党はお腹を摩る。

食後の珈琲はもちろん『おうちで珈琲』の豆使用である。

「しかし君ん所の豆は本当にしみじみ旨いねぇ。」

田子作はいつの間にやら笹党の向かいに座って自分も珈琲を啜すすり始めていた。

「そうですか?ありがとうございます。」

今度は笹党が嬉しそうに答える。

「やっぱりセンスかな?」

「いえいえ、珈琲は科学ですよ。キチンとした手順で淹れれば誰でも美味しくできますよ。」

「そうなんだぁ。」

思わず英子が割って入る。

「科学かぁ。」

完全に自分が横池徹だと思い込んでいる科学の結晶『身代わりロボ』。

自分がロボットであるという自覚は無いのであった。

物語も中盤を超えようとしています。お楽しみいただけているでしょうか?毎日1話目から読み直しては修正をしています。再度読まれてもお楽しみいただけると思います。

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