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第23話 問いの答え

渋歌の御殿の近くにあるカフェで朝食をすませた二人は最寄りの駅までの道中を歩く。

田子作が新しく借りた家は2つ先の駅の近くの1Kのマンションだった。

家族と住んだ家は二束三文で叩き売り、新しい地主が家を解体して今は駐車場にしていた。

「ワシなあ、この年になって思うんや。」

徐おもむろに話し始める渋歌。

「はあ。」

「ワシな、そろそろアイデンティティーの確立をせんといかんなと考えとるんや。」

余りに素っ頓狂な発言に思わず吹き出してしまった田子作。

「そろそろって、棺桶に片足突っ込むような年ですやん!」

堪らず突っ込みを入れる田子作。

それでも飄々とした渋歌は続ける。

「散々金儲けもしたが人の生きる道としてどうだったか。」

寂し気な眼差しで過去を追想ついそうしている様子の渋歌に田子作はいつもと違う気配を感じていた。

まるでこれが今生の別れのような言いようのない寂しさが渋歌から沁み出ているのだ。

「それでも金持ちなら良いんじゃないですか?」

金には興味はない田子作だが世間的には羨ましがられているだろうと軽はずみに言い放つ。

「あほたれ!金なんかは情熱を注いで飲み干した後の残りカスじゃ。情熱を注ぎ続けることが本当の人生の旨味じゃ。少ない酒を苦労した仲間と啜り合う時が一番酒は旨いもんや。」

「そんなもんですかい。」

金儲けには全く興味がないが仲間と苦労を共にしたことも無い田子作にはその時はピンとこなかったようだ。

やがて駅に着くと渋歌がジャケットの右のポケットから何かを取り出し田子作に手渡す。

「何ですかコレ?」

それは古い懐中時計だった。

金色はしているものの蝶番ちょうつがいの一部は少し錆さびかけている。

「ワシの親父の形見や。まだ時計は使えるはずや。良かったら使ってくれ。」

「そんな大事な物は貰えんよ。爺さんが持ってなよ。」

受け取りを拒否しようとする田子作に渋歌は執拗に突き返す。

「いつか困ったらこの時計を思い出せ。」

意味深長な渋歌の言葉に押されて受け取ることにした田子作であった。

2021年7月も下旬の田子作の自室。

先日の騒動で割れた窓ガラスは板で塞いでいる。

「エーコの奴に唆そそのかされてアニメ用のパソコンや器具とか無駄遣いしたのが今頃になって効いてきたなぁ。今月末の諸々の支払い分が無ぇ。どうするべ?」

畳に仰向けに寝そべり天井をぼんやりと見つめる田子作だったが、不意に渋歌から貰った懐中時計の事を思い出した。

元々ミニマリストの田子作が、自宅を売り払って引っ越しする際の手荷物はボストンバッグに余裕で収まる量だった。

駅近くのマンションから『ココへ越して来た』時もそのバッグ一つであった。

実際には設定上ここへ引っ越して来たとエーコに思い込まされているのだが田子作は知る由もない。

とりあえず押し入れにあるバッグを引っ張り出すと渋歌から貰った懐中時計を取り出した。

やはりどう見ても高級時計には見えない。

ネットで検索しても似たような懐中時計はどれも数千円程度でオークションに出品されている。

寝ころんだまま懐中時計を両手で弄り回していると時計の部分がパカッと開いた。

なんと時計の裏側にスペースがあったのだった。

そこには小さく折り畳まれた紙のようなものが入っている。

座りなおした田子作は指先でその紙のような物を引っ張った。

ポロリと紙は胡坐あぐらをかいた田子作の足に落ちた。

今にも破れそうな小さく折り畳まれた紙をちゃぶ台に乗せると両手の人差し指に意識を集中させてソウッと開いてゆく。

ようやく綺麗に広げられた紙には筆でこんな文字が認したためられていた。

『答えは常に問いの中にある』

呆気にとられる田子作。

「はぁ~?これが言いたくてこんな時計を俺に押し付けたのか?」

期待外れな展開にガックリする田子作はまた仰向けに寝転んだ。

「なにが『答えは常に問いの中にある』だよ。あったら苦労しないって。・・・ん?待てよ。」

そう言うとまた起き上がりパソコンで何やら検索し始めた。

「なんと!!答えがあった!!まじか!」

翌日は朝から機嫌の良い田子作にいささかの不信感を募らせているエーコは尋ねた。

「で、何か良い知恵でも湧きましたか?」

「おー、月末の支払いの事か?もう綺麗さっぱり解決したぞ。」

いつもの余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な態度の田子作に戻っている。

「たった一晩で?どうしたのですか?」

驚いたエーコは田子作に詰め寄る。

「簡単だ。お前に振り回されて余計な物を買ったから苦しかっただけなんだから、そいつらを売れば元通りだろ?パソコンやその他のアニメ用の道具類をオークションで売っ払ったんだよ。しかもひとつ前のバージョンのソフトの方が安定してるってことで買った時より高く売れたんだ。」

面白くてたまらんと言わんばかりに喜々と喋る田子作。

「なんとー!!もうアニメは描かないから良かったですね!!盲点でした!!」

「ばーか、『答えは常に問いの中にある』んだよ。」

ニヤリとエーコを見下ろす田子作であった。

神社の木々からはジージーとセミの鳴き声がけたたましく鳴り響いていた。

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