第28話 田子作の危機
森田はエーコから『純情レストラン洗濯船』の小説サイトアドレスを送りつけられ、一体何のことかと読み始めた。
「はははは、さすが田子作さん。面白い。ふーん。」
はじめこそ面白がって読み進めていた森田だったがどうやら自分と思しき人物が登場するシーンに差しかかって顔色が変わってきた。
「オペラカスぅ?手乗りテノール?!クズ?!酷いじゃないか!!」
日頃から温厚な性格の森田もさすがに切れた。
「これは田子作さんに抗議しとかないと!!」
プルルルー
「ほいよ。」
田子作は料理しながら携帯電話に出る。
「あ、森田です。今日って時間ありますか?」
憤りを押さえつつ予約を入れる森田。
「今日はまだ誰も予約が無いよ。」
森田の気配に気づかない田子作は気軽に答える。
「じゃあランチを予約お願いします。」
「はいよ。」
電話を切ると森田は誰かに電話を掛ける。
「あ、もしもし森田です。実はちょっとお願いがあるんですけど・・・」
「え?この『石橋を叩き壊して川を泳いで渡る面倒くさい性格』ってひょっとして僕の事ですか?」
虎下も田子作の小説を読んでいる。
「いや、そんなことはございません。」
しらを切る田子作に虎下は追い打ちをかける。
「米粉パン日本一の店長って書いてるじゃないですか!しかもコラボ企画までそのまんまだし!面倒くさい性格ですいませんね!!」
虎下も顔を真っ赤にして怒る。
「いや、だからそれはその、面白くしようとしてと言うかだな、表現方法の一つと言うか・・・」
朝から『登場人物』達から苦情の連絡が次々と入る。
「ごめんごめん。暇だしちょっとふざけただけなんだよぉ。」
みんなに責められ行き場を失った田子作は謝罪させられている。
エーコがいつの間にか関係者全員とチャット会議を開いている。
田子作はスマホのカメラに向かって何度も頭を下げさせられている。
店には虎下と森田も居る。
「こうなったらお仕置きをしないと気が済みませんよね皆さん?」
森田がチャット会議の皆に話しかける。
「どうするのですか?」
エーコが尋ねる。
「うーん、例えば、例えばですよ。この小説をショートムービーにして最後に田子作さんの謝罪会見を付け足して動画サイトに投稿するというのはどうでしょうか?」
動画制作技師らしい提案である。
「出演は本人が本人を演じるの?俺は無理だわ。」
井藤田がチャット画面の向こうから答える。
「いや、だから本当に短い動画で映画の予告みたいな感じなんで皆が登場する必要はないんです。出たい人だけで構わないんですよ。大事なのは謝罪会見の場で正式に田子作さんに謝罪してもらうところを沢山の人に見てもらうのが目的なんです。ここまでしなきゃ腹の虫が僕は収まりませんから。」
珍しく憤りを隠さない森田。
みんなも納得したようであった。
話の流れを横で聞いていたエーコは、もしかするとこれは自分にとって良い方向に風が吹いて来たのではないかと思案する。
「あの、編集とか私やりますよ。アニメも作ったくらいなので。」
手を上げて参加するエーコ。
「それは助かります!僕は撮影とか録音とかは得意ですけど編集までしてたら時間がいくらあっても足りないと考えていたんです。」
森田はエーコの両手を取って嬉しそうに手を上下に振る。
「でもBGMとかてのはどうするんですか?」
虎下が手を上げて質問をする。
カランコロン
その時誰かが店内に入ってきた。
「あ、すみません今日は・・・あ!」
エーコが客を断ろうと振り向きながら話しかけ客を見て驚いた。
「どうも轟です!森田君ココで良いんだよね?」
オペラ歌手の轟が森田に確認を取る。
「実は先生にお願いしてBGMを歌ってもらおうとお呼びしたんです。」
手際の良い森田に呆気にとられる田子作。
「こんな時だけ段取りがいーじゃねぇか、オペラカスのくせに。」
小さく呟く田子作の言葉を聞き逃さなかったエーコが吠える。
「あー!またオペラカスとか言いましたぁ!」
手を上げてエーコが暴露する。
「もう絶対ゆるしません!世界中の人に頭を下げているところを見てもらいましょう!!」
すっかり鼻息の荒くなった森田は最終宣告を突き付ける。
「何とでもしやがれ!クソが!ふん!」
逆切れで反省の色が全くない田子作はエプロンを放り投げると店を出ていったのだった。
その後も店では企画会議が着々と進められるのであった。
「うーん、楽しみが地獄に変わった・・・」
田子作は小説の続きを書きにほぼ毎朝、近くに出来た『カフェ コペラ』でノートパソコンに向かっている。
「僕は読む専門だから分かりませんが小説ってそんなに簡単にかけるんですか?」
店主の小板は珈琲の良い香りをさせながら創作に苦しむ田子作に話しかける。
「簡単そうに見えるかい?今までは適当に悪口書いて憂さ晴らししてたからスラスラ言葉が出てきてたんだけどなぁ。ちゃんと書かないといけないとなると苦痛でしかない。」
芸術大学出身の森田だからこそ思いついた罰であった。
いわゆる『生みの苦しみ』を田子作に味わわせたかったのだった。
「でも結構面白いですよ。それに『毒にも薬にもならない人の良い』役で僕も登場してますし。」
ニヤニヤと嫌味を言う小板。
苦虫を噛み潰したような表情を田子作は浮かべる。
「カーーット!!」
森田がメガフォンで叫んだ。
「お疲れさまでしたー!!」
エーコがスタッフに声を掛ける。
「ようやく終わったな。」
全てのシーンの撮影が終わり息をつく田子作。
「今どきアプリがあるからスマホだけで映画が作れちゃうから凄いね!」
美奈は今回登場していなかったが面白そうだし近くで撮影していたので顔を出したのだ。
「ココからは私の出番ですね!編集がんばるぞぉ!!」
動画を都合よく編集して『誠の心実践者』の増加を目論んでいるエーコ。
サブリミナル効果を悪用して観客が思わず歯を磨いたり全身浴したくなったりと『誠の心』を実践させる計画である。
「残るは動画再生回数を増やすために集客しないといけません。」
エーコはテーブルにドンと手を突き田子作に詰め寄る。
「そんなこと言ってもなぁ。」
鼻を穿ほじりながら他人事のように答える。
「うちのサイトを見に来る人は『美味しい物が食べたいだけ』で属性が違うからいくら『面白い動画作りました』って案内しても動画サイトまで来ないし動画を埋め込んで再生ボタンを押すだけにしても押さないんですよ。私たちの強みのサイトがまるで役に立たないんです。」
「大体さあ、人間の行動を促すことって『快楽の追求』か『嫌なことからの逃亡』しかないんだよ。だから動画のサムネに本編と全く関係ないのにエロい画像使ってる奴いるだろ?誰かエロい格好の写真撮らせてくれないかなあ。あ、お前は要らんからな。」
ドスッ
田子作の横腹にエーコの強烈なパンチが決まった。
「グ八ッ」
田子作は椅子ごと床に倒れた。
「一言余計です!!」