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第3話 神様の計らい

「もうすぐ半年か・・・」

2016年も残すところ僅かとなり、どこか寂し気な田子作。

「駅があれだけお洒落になったらここら辺は人気が無くなっても仕方が無いですね。」

打ち破れて山河ありとでも言わんばかりにくたびれ果てた様子のエーコ。

「だからインド人も逃げ出したんだな。」

かつては『大人のデートスポット』として人気だったエリアの風内町も駅の大規模改修で街の人の流れが完全に変わってしまっていた。

「まさかここまでになっていたとはな。」

呆然とする田子作を勇気づける元気すらエーコには残っていない。

「仕方がないです。飲食やホテル業界は立地が売り上げの70%を占めるそうですから。事前のマーケティングが甘かったんですよ。」

一緒に入った店子はこの時点で田子作たちだけを残すところとなっていた。

「美味しい話に飛びついたのかもしれんな。」

ビルの合間の道路に12月の夜の冷たい風が吹き抜けて行く。

かつての歓楽街は土曜日の20時も過ぎていないというのにひっそりとしている。

「まあ悪いことばかりじゃなかったけどな。」

「そうですね。田子作サンの料理の腕前は格段に向上したし、お得意様もそれなりには定着しましたから。」

「来年からは家賃が高くなるからそろそろ引っ越しでも考えるか。」

「いつもの神社へお参りでもして神様に導いてもらいましょう。」

「困ったときの神頼みってやつか。人事は尽くしたから残るは天命を待つだけだしな。今から行くか。」

「そうですね。車で帰りに立ち寄るなら近いですし。」

こうして春雨町の神社へ移動することにした二人。

閑静な住宅街とは言え、中心市街地にほど近い場所にある春雨神社。

歴史は古く400年以上この場所にあるらしい。

立派な鳥居を潜るとすぐ右脇には寝そべっている牛の石像があり、参道を進むとその隣に池があることに気づく。

鯉でも飼っているのか、ネットが張ってあり猫やカラスの攻撃を防御している。

辺には樹齢400年の楠が3本、どれも鬱蒼と葉を茂らせている。天狗が住んでいると言われれば納得しそうなくらいである。

さらにその池の隣に手水鉢の社がある。

蛇口は何かしらの金属製で竜神様を象った細工が施してあり、神社らしい雰囲気を醸し出している。

中心市街地とあってさほど広くはないが、こじんまりした境内には本殿と立派な神楽殿がある。玉砂利を敷き詰めた広場が神楽殿の前に広がり、大きな車でも7~8台の車が駐車できるほどである。

毎週木曜日ともなると神楽保存会の人々が集まり練習しているが、実際のところ無理なく駐車しているようだ。

田子作は少し大げさなくらいに鈴を振る。

ガランガランという神社独特の鈴の音が静まり返った住宅街に響き渡る。

「ちょっと、大きいですよ!」

「まだ睡眠妨害になるような時間じゃないだろ。」

そう言うと今度は柏手も殊更力を込めて叩く田子作。

「だからぁ!」

ひそひそ声で叱るエーコ。

二人は一通りお参りを済ませると元来た参道を鳥居へ進む。

「あ。」

田子作が何かに気づいた。

「あ。」

エーコもどうやら同じことに気が付いたらしい。

「ここ空いてるじゃん!」

二人の声が重なった。

鳥居の真向かいのビルの1階の部屋だけがポツンと空き部屋になっているのだ。

「今の店は広すぎて俺一人ではキツかったし、これくらい狭いと丁度良いかも。」

田子作はガラスに顔を近づけてガランとしたうす暗い店内をのぞき込んでいる。

「そうですね。ここだと家賃は安いでしょうし。今のお客さんのほとんどが宅配弁当だから立地はあまり関係ないですから維持費が安ければ何とかなるかもですね!」

「今の店は店舗よりも駐車場代が嵩むからな。それに団体さんも言う程来るわけじゃないしな。」

「神様がきっと『見守ってやるから目の届く所に来い』と言ってくれてるんですよ。」

「だな。よし、ここに決めた。明日契約するぞ!」

「多分明日は日曜日で無理だと思いますよ。」

「そっかそっか。じゃあ月曜日だな。」

「良かったですね、良い場所が見つかって。」

「そだな。」

満足げな表情を浮かべる田子作の横顔に少し元気を貰うエーコであった。

「今年は色々ありましたね。」

希望が湧いて来たのかエーコがこの一年を振り返る。

「ネットショップとコンサルタントに加えて飲食店まで開店したしな。」

「飲食店は散々でしたけど得るものは沢山ありましたし。」

「飲食店をやってみないと出会えなかった素晴らしい人たちにも交流が広がったし。」

「そうですね。」

「そう言えばお前は俺主催の経営学習会に参加したのがきっかけで現在に至るんだよな?」

「はい。それが何か?」

「何月の会からなのか何度考えても思い出せないんだよな。気づけば居たって感じで。」

「なぜ今頃そんな話を?」

「理由はわからんが手水鉢の竜神様の細工を見るといつもその疑問が沸き起こるんだよな。」

「ふぅん。不思議ですね。」

「不思議だな。まっいっか。腹減ったし帰るぞ。」

「今日のご飯は何ですか?!」

「急に元気になるなお前。てかお前んち隣なんだから自分家じぶんちで食えよ。毎日毎日ただ飯食いに来やがって。」

「帰っても誰も居ないし冷蔵庫に食材入って無いし。師匠のご飯が一番美味しいですから!」

「こんな時だけ師匠とか呼ぶな!!」

「今夜はウナギが食べたい気がしますぅ!!」

「ふざけんな、金払え!!」

じゃれ合う二人を満月だけが静かに見守るのであった。

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