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第35話 エーコの純愛

全く姿を現さない横池達にメディア関係者の関心も冷め別の事件の方を追いかけることにしたようである。

店の前は以前同様閑散としていた。

安全を確認した二人は入口から堂々と店内に入り、いつも通り営業の準備を始めるのだった。

「アレルギーで苦しんでいる人が毎日俺たちを必要としてくれてるんだ。誰かの役に立ちながら最期を迎えられるんだからこれ以上の贅沢は無いよな。」

すっかり達観した横池は今は『田子作』のまま死ぬ覚悟が出来ていた。

「一人じゃないですから!最後の晩餐まで食べさせて頂きます!!」

エーコもすっかり天然食欲系宇宙人に戻っている。

だがエーコの心の中では一つの覚悟が刻一刻と重く大きく膨らんでいるのだった。

その頃クラウドファンディングは目標の50億円に手が届きそうになっていた。

一時的に犯罪被害者としても注目を集めたことが幸いしたのである。

「俺の代役は出来ればイケメン細マッチョにしてくれ。」

田子作はまだ見栄を張りたいらしい。

「分かりました。怒ったら阿吽あうんの鬼のような形相の役者にしますね。」

激しやすく冷めやすい田子作らしいキャスティングだとエーコは自信があった。

「なんだとぉ!手前ぇ喧嘩売ってんのか、ゴルァ!!」

やはり気が短いのは死ぬまで治らないらしい。

「ふふふ、さて今夜は何を食べさせてくれるのですか?」

エーコは、もう田子作の扱いも手慣れたものである。

「あん?じゃあ少し寒くなってきたから鍋でも食うか。丁度良いことに激旨の『尾の華』さんの豆腐が一丁残ってるからな。」

「いいですね!!お肉は大分特産だしぶんとくさんのハーブ飼育の鶏肉が良いですぅ!」

残り少ない日々を目一杯大切に生きようとすればするほど実は何でもない普段通りの一日になることを知った二人だった。

そしてその日は訪れた。

クラウドファンディングも『誠の心実践者』数も目標達成したのは田子作の寿命の日だった。

田子作はエーコの部屋のカプセルに入る。

エーコは扉の前に立ち田子作に最後の別れを言おうと手を握る。

田子作ももう照れ隠しすることもなく手を握り返す。

だが二人とも言葉が出て来ない。

ピー太郎は徒ただならぬ雰囲気を察知し勝手に鳥かごから出てコントローラーの近くで田子作を見守っている。

田子作もピー太郎を慈しむ眼差しで見ている。

エーコが口を開き何かを言おうとした瞬間、田子作はエーコから手を離すとエーコのおでこを思いっきり後ろへ押した。

尻もちをつくエーコ。

その隙にカプセルのドアを閉めピー太郎に向けて田子作は頷いた。

ピー太郎もその意味を理解しているようにコントローラーのエンターキーを嘴くちばしでコツンと押す。

カプセルはヴィーーーーーーーーンと唸り始める。

光が田子作を包み込む。

「田子作さん!!」

エーコの最後の声に田子作は静かに頷くと目を閉じ光の中へ消えていった。

充満した煙がカプセルから消えるとそこには身代わりロボットが意識を無くして入っていたのだった。

「ありがとう。本当にありがとうございました。今度は私の番です。」

そう言うとエーコはコントローラー画面上で何かの契約書にサインした。

契約書にはこう書かれてある。

『混血神族における死者復活の身代わり同意契約書』

混血神族のみが一度だけ自分の肉体と交換に寿命が来た人間の命を伸ばすことが出来ることを分厚いマニュアル本の小さな脚注の中から見つけていたエーコはデジタル同意書にサインし関係省庁へメール送信したのだった。

「英子さんと末永く幸せに生きてください。」

そう言うとあちらの世界に戻った横池の様子をモニターで見つめる。

この日は、疲れが溜まっている様子の英子を起こさずにそっと家を早めに出る横池だった。

店内に仕舞い込んだ駄菓子類を店頭に並べ、トイレ掃除から床掃除を終えると休む間もなく竹箒でビルの前の道路を掃き始めた。

「ぐぬぬぬぅ~・・・頭が割れるぅ・・・」

西田原はヨロヨロしながらレストラン洗濯船へ向かっている。

「どうしても横池さんの食事を食べないと頭痛が止まらない・・・」

西田原はこの体質のことで横池に以前相談していた。

横池は『重金属が下垂体に溜まりやすい体質だからデトックス食材を沢山料理に使ってやる』と言っていた。

実際、横池の料理を食べているとこの不快な症状がかなり軽くなるのだった。

それでも横池が紹介してくれた仕事を一方的に蹴ったと勘違いされ、以来出入り禁止になっている。

だがここまでの頭痛は今までに経験が無かった西田原は恥も外聞も忘れ横池に縋すがりつこうとレストラン洗濯船を目指している途中なのだ。

ようやく店頭を掃き掃除する横池の姿が見えて来た。

「あれ?誰かいる?」

横池の背後に隠れるように細身の男が近寄ってくるのが見えた。

「え?何で?私の命と交換したはずなのに?!」

エーコはモニターを食い入るように見つめる。

西田原がヨロヨロしながら近づいてくるのを見つけた横池は手を止めて西田原が辿り着くのを持つ。

「仕方が無ぇ野郎だな。苦しそうだしな、許してやるか。」

ため息交じりに独り言を呟く。

西田原が何か言おうとしている。

だが横池には聞こえない。

「横池さん後ろ!!」

必死に声を振り絞って西田原は叫ぶ。

「え?」

何が言いたいのか分からず聞き直そうとしたその瞬間、

ガツン!!

横池の後頭部を何かが強打した。

平衡感覚を失いフラ~っとそのまま前へ倒れる横池。

背後で金属バットを握り締め横池の後頭部を再度殴ろうとしている細身の男が西田原に見えた。

次の瞬間、西田原は猛烈な勢いで男にタックルする。

西田原は今でこそ頭痛のせいで食欲不振になり細身だが、高校時代はラグビー部の副キャプテンを務めるほどの実力者だったのだ。

暴漢は思わぬ攻撃に後ろへ吹き飛び、その衝撃で手にしたバットもクルクル回って道路の反対側の神社の中へ消えていった。

西田原も久しぶりのアタックに自分自身軽い脳震盪を起こしている。

先に意識が戻った暴漢は十字路を右折してヨロヨロと逃げ出す。

「なぜ?同意書にサインしたのに・・・?」

エーコは事態が全く理解できず混乱している。

ようやく意識を取り戻した西田原は逃げる暴漢をフラフラしながらも追いかける。

急に大粒の雨がポツポツと降り始めた。

その雨粒は西田原が数メートル先の十字路に辿りつく僅かな間に大雨に変わる。

2m程先をヨロヨロと逃げ惑う暴漢。

フラフラ走りながら暴漢を捕まえようと手を伸ばす西田原。

西田原の指先が暴漢の上着を掠かする。

次の瞬間、

ゴゥオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今までに聞いたことも無いような地響きが鳴った。

大地は大きく揺れ始める。

あちこちでビルが軋む音がする。

通りの向こうで電線がちぎれ落ちた。

暴漢は西田原のすぐ先のビルの前で四つん這いになっている。

「きゃあ!!」

店舗入り口に積み上げていたお菓子袋の詰まったおかもちが派手に飛び散らかった。

美奈はテーブルにしがみ付いてジェットコースターのような揺れの中を中腰で立っている。

数分後、ようやく地震は収まった。

美奈の店の前で四つん這いになっていた男がユラユラと立ち上がる。

どこか具合が悪そうである。

男が歩き出した瞬間、キラリと光る何かが天から降ってきた。

ゴッツ!!

それは男の頭に当たると鈍い音を立ててどこかへ跳ねていった。

立ち上がったばかりの男はそのままバッタリと倒れてしまったのだった。

西田原もその光景を後ろから見ていた。

「痛ててててぇ・・・」

横池は後頭部を摩りながら起き上がる。

「え?田子作さん!?」

エーコは『喜びが込みあがる』という感覚を初めて体感した。

「ちっきしょう!俺の骨密度を舐めるなよぉ!」

そう言いながら背後を振り向く。

十字路の先の道路に西田原と細身の長身男が倒れているのが見えた。

「あれ?西田原君いつの間にそんな所へ?」

横池は自分が倒れていた時間の感覚が抜け落ちている。

とりあえず西田原を助けようとまだズキズキする後頭部を右手で摩りながらヨロヨロと歩み寄っていった。

横池の元気な姿にホッと胸を撫で下ろすエーコ。

するとコントローラーの背後でパカッと何かが開く音がする。

ウィーーーーーーーーン

アンテナ上の金属の先端に逆円錐上の何かが取り付けられた物が音と共に垂直に天井向けて伸びている。

モニターの背後の中央付近からそれはどんどん伸びてゆき、先端の逆円錐状の部位がエーコの鼻の高さの所で止まった。

カクッと円錐部分がエーコの方へ曲がる。

エーコは直観した。

これで最後だと。

「こんなに人を好きになることが苦しいんやったら次は木の化石に生まれ変わりたいわ!」

エーコはギュッと目を閉じ『その瞬間』を待つ。

パーーーーーーーーン!!

命を奪いに来たにしてはヤケに気の抜けた音がした。

エーコは体の感覚が麻痺してゆくのを待つ。

がいつまで経ってもどこも痛くない。

ゆっくり閉じていた目を開いてゆく。

目を開けたエーコは驚愕に大声で叫んだ。

「え、エーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
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