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第6話 恋と夢の水先案内

「じゃあ僕は一体どんな女子を好きになったら良いのですか?」

全体的に精彩を欠く33歳の蒼白顔の青年は彼にしては珍しく興奮しているようだった。

「へっ!そんなの『手あたり次第に』決まってるだろうが!」

自分よりも一回り以上も若い男を捕まえて頭ごなしに怒鳴る田子作。

彼が毎日のように来店しだして早くも1か月が経過していた。

1か月前のとある日の昼少し前。

店の真向かいの神社の鳥居の所で妙に目を爛々と輝かせて辺りをキョロキョロする挙動不審な青年を発見した田子作。

「『やばい目つきの奴』が前の神社の鳥居の所に居るから絶対に目を合わせるなよ。もう弁当の配達に出かけなきゃいけない時間だから面倒は困るからな。」

小声でエーコに注意を促す。

それを聞いたエーコは青年に話しかけられないように小芝居を打って大急ぎで出発の準備を整えると、タイヤを鳴らして急発車する。しかし自分と入れ替わりで、店内に『ヤバイ彼』が入っていくのがサイドミラーに映っているのを確認したエーコであった。

「あの~・・・」

青年は店の奥に居るであろう店主を呼んでみる。

「あ、ごめん!今日はもう弁当売り切れた!じゃ、また明日!」

確かに日替わり弁当はすでに常連客で売り切れてしまってはいたが定番メニューは普通に一日中販売しているにもかかわらずこう言い返したのだった。

「えっ!・・・そう、そうなんですか・・・あ、すみません。」

もっとやばい感じの話をして来るかと彼に対して身構えていた田子作の想像を裏切る展開。

とりあえず弁当の配達は出発した。

そうなると今となっては『ヤバイ』彼の引き際の良さに自責の念が込み上げてきたのか思わず田子作は青年に声を掛けた。

「あ、俺たちの分を取り置いてるからそれで良ければ。」

静かに振り返った彼は前にも増して『ヤバイ程に』目を輝かせた。

それはまるで神の降臨を目の当たりにした太古の住民のようだと田子作は感じたのだった。

その日以来『ヤバイ目つきの彼』は毎日昼と夜のお弁当を買いに『レストラン洗濯船』に通うようになった。

初めこそ他愛もない会話をポツポツする程度だったが、毎日顔を合わせるうちに自然と自分の生い立ちや悩みを田子作に話すようになり、いつしか顔つきも普通の好青年に戻っていったのだった。

「ふ~ん、君も大変だったんだなぁ。」

青年の生い立ちを知ってしまった田子作は、彼を単なる弁当客として適当に扱う気になれなくなっていた。

徐々に身の上の相談に乗るようになってしまった。

この青年は西田原さいたばると名乗った。

エーコは、この時点で既に嫌な予感がしていた。

その予感が的中。

真剣に相談に乗れば乗るほど甘えが出るのか、本人があまりにも優柔不断で煮え切らない。

そのくせ恋愛の相談とかしてくることにエーコはいら立ちを募らせるのであった。

恋愛観について言い争う二人を見かねたエーコは割って入る。

「そんなに喧嘩するならそろそろ師匠を返してもらいますよ。」

我慢の限界を超えたエーコ。

「別に喧嘩って訳じゃ・・・」

驚いたことに田子作と青年が声を揃えて返す。

少し冷静さを取り戻した二人。

「そもそも人を好きになるのに理由なんかないだろ。どんな人を好きになれば良いとか今ここで頭で考えてもどうせその時が来れば全て忘れて飛びつくに決まってるんだ。その時相手にされるかどうかの方が重要だろ?」

「でも僕は今は無職だし・・・」

ようやく本心が出てきた。

「大事なのはこれから先、働く意思が有るか無いかだよ。そこを有耶無耶にするから働く気が無いように見えるんだよ。仕事が無いから人を好きになっちゃいけないなんて法律は無いんだし。自分の意思の問題だ。」

厳しい口調のようでも、本気で西田原のことを心配しているのが本人にも伝わっている。

「・・・そっすね・・・」

これには流石に納得した様子の西田原。

「好きな人が出来て『守ってあげたい』とか『二人で旅行したい』とかいう気持ちになってからでも就職なんて全然有りだと思うけどな俺は。」

少し優しい口調になる田子作。

「はぁ・・・ですね。」

青年もいつものように冷静さを取り戻した。

「ちなみにだが、どんな子がタイプなんだ?」

田子作の周辺には老若男女が集まる。

もしかすると既に候補になりうる人が居るかも?と考えたようだ。

「タイプですか?そうですねぇ、明るくて話し上手で優しい人かな。出来れば器用な人が良いですね。」

「まさか・・・」

少し驚いた様子の田子作。

「はい?」

何のことだか分からない青年。

「まさかお前さんの好みって・・・俺?」

彼が噴き出すのと同時に、横でお茶を啜っていたエーコは鼻の穴から噴射してしまった。

「い、いくら何でもそれはちょっと・・・ひっひっひ」

可笑しくて仕方がないのか西田原はお腹を抱えながら笑っている。

ゴホゴホっと咽むせるエーコ。

「冗談だよ。よし分かった。そんな女性を連れてきたら良いんだな?」

心当たりでもあるのか気安く請け負う。

「いや、ちょ、ちょっと待って下さい!」

急に慌て始める西田原。

「なんだ?今更何をビビってんだ?」

結局彼は尻込みしてしまったのでこの話は流れたのだった。

「折角のチャンスだったんだけどなぁ。どうして尻込みするかね?」

田子作は先日の彼とのやり取りを不意に思いだす。

「『本当に欲しいものは諦めた時に手に入る』って何かの本で読んだような気が・・・?」

「何だか禅問答みたいだな。でも案外真実かもな。」

テーブルに肘をつきぼんやりと遠くを見るような田子作。

「だったらお金が欲しい人ってお金を諦めたら手に入るんですか?」

我ながら良いことを思いついたと思った。

「それがなかなか出来ないんだよ。毎日何かしらの支払いがあると、いつまでにいくら用意しないといけない!とかって焦るじゃん。」

「そーですよねぇ。お金儲けも恋愛も一体どうすれば上手く行くのでしょう?」

「有料なら教えてやるぞ。」

チロッと横目で田子作がエーコを見る。

「お客さんからもらった14年物のワイン、調理酒に使っちゃおうかなぁ?」

「分かった!教えてやるからそのワインは勘弁してくれ!」

案外チョロい田子作であった。

「要は自分の欲望を追求しつつも自分の欲望を忘れると言う事が大事なんだよ。」

コンサルタント時代のように急に賢い表情で説明が始まった。

田子作の職歴は多彩であった。庭師や大工、配管工に電気技師などの技術職をしたかと思えばパソコンスクール講師やコンサルタントに絵描きと言った感じで興味本位に転職を繰り返してきたのである。しかもそのどれもがプロとして平均以上の実力なのだがお人好しで人助けのような仕事ばかり請け負ういわゆる『器用貧乏』の典型である。

「たった今それが難しいと。」

口を尖らすエーコ。

「だからちょっとした工夫が要るんだよ。巨大迷路を必ず潜り抜ける技と同じなんだよ。」

試すようにエーコの目を覗く。

「巨大迷路を必ず潜り抜けることって日常には全くないので分かりません。」

「『迷路を脱出したい!』という目的を持ったまま、それを忘れて自動的にゴールできる方法を淡々と続けるだけで誰でも迷路を抜け出ることはできるんだよ。」

「本当ですか!?」

知りたい!!と強く願うエーコ。

「右でも左でも良いからどちらかの壁から決して手を放さずに前に進むだけだ。通路が行き止まりでも壁は続いてる訳だから戻ってくる。つまり壁は必ず出口につながっているんだ。」

エーコは久しぶりに田子作のドヤ顔を見た気がした。

「確かに迷路はそうですが、お金持ちになることや恋愛が成就することにも応用できますか?」

「小賢しいテクニックは必要ない。自分自身が愛してやまない商品やサービスを提供し、最愛の人に出会うまで諦めずにそれを続けるだけだ。」

「本当にそれだけで良いのですか?」

「他者からの評価は相対的なものだ。肝心なのは自分がされたら嬉しいかどうか。つまり自分は何で喜ぶのか、それはなぜかという風に徹底的に自分自身の心を知り、その心がどんな人と重なるのかを知ること。」

「つまり自分を徹底的に満足させる方法を知ることで他人も満足させることが出来るようになると言う事ですか!だからお金も最愛の人も手に入ると言う訳ですね!」

ようやく腑に落ちたエーコ。

「あ、でも・・・」

「なんだ?」

「いつまでにって期限を切ってゴールすることは可能なのかなと思いまして。」

いくら夢が叶っても死ぬ直前では意味がないとエーコは考えた。

「心の底から本当に願っているなら超高速で活動するか、自分が居なくても自動的に活動を継続してくれる仕組みを作るかだな。そうすりゃある程度は期限通りに事が進むよ。」

「そこが一番難しいじゃないですか。」

「だからここからは特別料金な。」

不敵な笑みを浮かべながらエーコの手から年代物のワインを引っ手繰ると厨房の奥の小さな棚にさっさとしまい込む田子作。

なんかモヤッとするエーコは客間に一人残された。

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